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『鬼滅の刃』英語版、「鬼」はなぜdemon(デーモン)?【DEMON SLAYER】

こんにちは、翻訳者のケイタです! 『鬼滅の刃』を今さら読みはじめ、ハマっています。なぜか英語版から読みはじめたのですが、英語版のタイトルは『DEMON SLAYER』。「鬼」は「demon(デーモン)」なんですね。

ネット上でも気になっている方が結構いるようなので、自分なりに考察してみました。

鬼は翻訳不可能?

まず、「鬼」を厳密に英語に訳すのは不可能です。日本にしかいない、というか、日本人の頭の中にしかないものなので。ただ、「鬼的なもの」なら英語圏にもいるはず。それを英語でなんと表現するか?

鬼のイメージは?

みなさんは、「鬼」ときいて何をイメージしますか? ぼくは、桃太郎に出てくるあの鬼です。虎の皮のパンツをはいて髪はもじゃもじゃで棍棒をもっている赤鬼・青鬼。

昔話によく出るイメージですよね。ただ、『鬼滅の刃』の鬼は、あれとはちょっと(だいぶ?)違います。姿形もさまざまで、特殊能力(異能)をもつものも。

原作のイメージに一番合う言葉として、demon が選ばれたわけです。

demonのイメージは?

「demon」という言葉は、英語圏では一般にどんなイメージでしょうか。日本人のぼくたちには想像しにくいので、似た言葉と比べてみました。

真っ先に浮かんだのが、devil(デビル)。日本語でも「悪魔」のイメージでおなじみですよね。でも考えてみたら、demon にも「悪魔」のイメージがありませんか。

じゃあ、demon と devil ってどう違うんでしょう?

Devilは悪の親玉

英和辞典を引くと、2つの言葉はよく似ています。

demon──悪魔, 悪霊, 悪鬼, 魔神;〘宗〙 霊鬼, 精霊
devil──悪魔, 悪鬼, 魔神; [the, the D-] 悪魔のかしら, 魔王, サタン (Satan); 怪異な偶像, 邪神
<リーダーズ英和辞典第3版より>

どちらも「鬼」って訳せそうですよね。実際、英語圏でも「悪しきもの」という意味で、2つはごっちゃに使われているようです。

ただし、宗教的な文脈では違います。

キリスト教などの一神教において、devil とは、唯一神(God)と対立する存在です。いわば、悪そのもの。

とくに単数形大文字の「the Devil」は、「唯一悪」と呼べるような、悪の親玉です。

Devil=Satan=Lucifer

ちなみに the Devil は、ゲームやマンガでもおなじみの Satan(サタン)とほぼ同じ意味。Lucifer(ルシファー)も同じです。

日本人からすると不思議ですよね。デビルとサタンとルシファーが同じって! 

乱暴にまとめてしまえば、神にはむかって天から落とされた元天使=悪魔の親玉が「サタン」=「ルシファー」です(ほんとにざっくりした説明です(_ _))。

1匹1匹の鬼には使いづらい

Devil (大文字)も Satan も Lucifer も、悪魔の総大将みたいなものなので、たくさんいる鬼を1匹1匹指しては使えません。

固定イメージの問題

小文字の devil(s) なら、語法的には大丈夫です。ただ、イメージが重なるルシファーは、堕天使なので羽根が生えているんですよね。サタンは、ルシファーほどは「天使」イメージがない気もしますが……どうでしょう?

サタン、ルシファーは英語圏では割と固定イメージがあるように思います。そういう言葉(キャラ)って、違う文化圏のクリーチャーを指すのには使いにくい。

サタン、ルシファーとつながる devil は、「鬼」にはやや不向きなのかなー。

あと、devil の方が demon よりキリスト教っぽい雰囲気が強い気も。

devil と demon って、うまく説明できませんが確かに語感は違うんですよね。devil の方が「高級悪魔」っぽい? この辺は日本人としての想像です。

devilってこんなイメージ

ちなみに辞書によれば、devil のイメージは、

「ヤギの頭に角・尾・長い耳・割れたひづめ・コウモリの翼に女の腕と胸をもった姿」(『ジーニアス英和大辞典』)

別の辞典には、devil の絵が載っています。キリスト教徒にとっては、これが典型的な devil像? このイメージで『鬼滅』の鬼をみたら……ちょい違和感があるかも。 (画像出典:『新英和大辞典』)

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では demon とは?

Devil(大文字)が悪の親玉だとしたら、demon とは、もう少し普通の、1匹1匹の悪魔です。ワン・オブ・悪魔。

Wikipedia英語版に、「Satan が大勢の demon を総べる」なんて記述もあったので、demon の方が下っ端なんですね。つまり、Satan=Devil よりは軽いポジションなわけで、他の文化圏の悪魔的な存在を表すのにも、demon はよく使われるそうです。

実際、Wiki英語版の demon のページには、こんな説明書きが。

「日本の Oni――ogre(オウガ、人喰い鬼)のようなクリーチャーでたいてい角がある――は、英語ではしばしば demon と訳される」。


画像2

https://en.wikipedia.org/wiki/Demon

なるほど! Oni(鬼)を demon と訳すのはよくあるんですね。

ちなみに、いまの説明に出てきた ogre(オウガ)という言葉は「人喰い鬼」という意味で、童話や昔話で使います。訳だけみると『鬼滅』の鬼にぴったりですが、どうでしょうか。

ogreはどう?

ogre もどうやら固定イメージがあるようです。google で画像をみると、ogre ってだいたい似たような姿形をしています。ステレオタイプというか、「ogre といえばこういう姿」というイメージがはっきりしている気が。

こういう言葉って、やっぱり異国の文化圏のクリーチャーを指すのには使いにくいと思うんです。アメリカの土着のクリーチャーを日本語に訳すのに「鬼」って言葉は使いにくいのと同じで。

あと、ogre って言葉には昔話っぽい雰囲気があるので、Manga には合わないのかも?

(下は ogre の一イメージ)

画像3

https://en.wikipedia.org/wiki/Ogre

消去法(?)でいくと……

これで ogre も、「鬼」の候補から消えました。
すると残るのは── demon です。

きっと、demon がベストではなかったと思うんです。消去法というと言葉は悪いですが、どのみち完ぺきに一致する言葉はないので、一番近い言葉を選ぶしかありません。イメージとかいろいろ考え抜いた末に、demon が選ばれた(ぼくの想像です)。

ぼくも、demon でよかったと思います。なにより、DEMON SLAYERって響きがカッコいいですよね。DEVIL SLAYER、OGRE SLAYERより語呂がいい。

demon の訳語にかぎらず、この英訳、ほんとに読みやすくて、ぐいぐい読ませてくれます。僕も英語版の1巻を読んでハマりました。いまも読んでいるところです。どうかコメント欄でネタバレしないでくださいね^^

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