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書評:丸山徹著『経済の数学解析』 (経セミ2021年10・11月号より)

丸山徹[著]
経済の数学解析
丸善出版、2021年、A5判、318ページ、税込4620円

評者:田中久稔たなか・ひさとし
早稲田大学政治経済学術院准教授

本格的な数学に
「入門」するための一冊

経済学科の学部生が、単なる計算技術を超えて本格的な数学の作法を身に付けたいのであれば、本書を精読することを強くお薦めしたい。

本書を読むための前提知識としては、微分については基本的な微分公式を用いた計算技術を習得していれば十分であり、線形代数については行列式や余因子展開による逆行列の計算くらいを心得ていれば問題ないだろう。それらの基礎的な計算技術はすでに身に付けているけれども、ユークリッド空間の位相であるとか、函数の微分可能性であるとかの厳密な解析学にはまだ不慣れであるという層が本書の想定する読者である。大学初年度向けの「経済数学入門」では飽き足らない数学好きの学部1・2年生や、大学院進学を控えて数学の学びなおしをしたいと考えている学部上級生に好適であると思われる。

本書の1章では、集合論、線形空間、ユークリッド位相の基礎概念が導入される。行列計算の諸々が省かれているかわりに線形作用素の概念が詳しく説明されており、読者が後々函数解析を学ぶ際には大いに助けになるだろう。位相空間論については、経済学を学ぶために必要十分な内容が精選されている。初学者にとっては1章の内容を十分に理解するだけでも益するところ大であろう。

2章は凸解析入門である。ミンコフスキー = ファルカスの補題など、本書に独自の個性を与える特色ある内容であるが、やや通好みの話題も多いので、初読の際には1節「凸集合の基本性質」と4節「凸函数」を軽くさらう程度に留めて残りはスキップしてよいかもしれない。

3章では微分の基礎理論が扱われる。線形作用素として定義される微分の概念は初学者には目新しいものであろう。各種の微分概念の相互関係や陰函数定理などの繊細な内容が、多くの図と言葉を用いて丁寧に解説されている。このあたりの話題は経済数学を教える側にとっても面倒なところで、毎年の講義では多大な体力を奪われる箇所であるので、本書による細やかな解説の存在は実にありがたい。

4章および5章では、経済数学のテキストとしてはやや珍しく、リーマン積分の理論が詳説されている。理論専攻の大学院生であればいずれは測度論を学ぶ必要が出てくるであろうが、その準備としても本章の内容は有益だろう。5章の結論部では、重積分の変数変換の公式の系としてブラウワーの不動点定理が証明されており大変興味深い。

6章では、ラグランジュおよびクーン = タッカーの一階・二階条件が示される。それらの話題に先立って二次形式の理論が詳細に解説されているのは親切である。7章では、これまでに学んだことの集大成として、スルツキー方程式の導出とアロー = ドヴリュー均衡の存在証明がなされている。

読者が入門レベルの経済数学を学び終えたばかりであるならば、まずは時間を掛けて本書の1章を読み、続いて3章、6章と進むとよいだろう。それによって厳密な数学としての経済数学を十分以上に堪能できるものと思う。理論研究を志す学部上級生であるならば、もちろんすべての章を精読すべきである。ただし、紙幅を抑えるためか、本書には演習問題が一切含まれていないことが唯一残念な点である。出版元の解散により現在は入手困難になってしまったが、同じ著者による『数理経済学の方法』(創文社現代経済学選書9)には本書の内容に対応した演習問題が大量に収められている。必要に応じて併用すればさらに学習効果が高まるであろう。

■主な目次

第1章 ユークリッド空間の代数と幾何
第2章 凸集合
第3章 微分の基礎理論
第4章 多変数函数のリーマン積分Ⅰ
第5章 多変数函数のリーマン積分Ⅱ
第6章 極値問題
第7章 古典的均衡分析

『経済セミナー』2021年10・11月号からの転載。


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