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行政データ活用に向けて(新連載「行政データと実証経済学」スタート!)

『経済セミナー』2022年6・7月号より、新連載=「行政データと実証経済学:東京大学CREPE自治体税務データ活用プロジェクトの実践」がスタートします!!

この連載では、2021年夏にスタートし、現在も継続して取り組まれている、東京大学政策評価研究教育センターCREPE)による

EBPM推進のための自治体税務データ活用プロジェクト

の実践プロセスや、そこで得られたさまざまな成果や、関連する学術研究などを、行政データの研究・政策立案への活用のメリットとともに解説していくことを目的としています。各回オムニバス形式で、関係者の皆さまにご執筆いただく予定です。

本プロジェクトは、「東大CREPEがプロジェクトに参加した自治体から匿名化された個人レベルの税務情報の提供を受け、東大CREPEが行政改善のためのデータ分析を行い、各自治体にフィードバックするとともに、CREPEでは提供されたデータを用いて学術研究を行う」というものです。

大きく、以下の2つを目的として、進められています。

  1. アカデミアにおける実証研究の発展

  2. 日本の行政におけるEBPMの推進

プロジェクト初年度となる2021年は、さまざまな困難を乗り越えて、プロジェクト初年度を通じてさまざまな成果が得られており、実践面でどのような工夫がなされたのか、といった点も含めて、本連載を通じて詳しく紹介していく予定です。

このnoteでは、連載開始にあたって、まずは第1回もご執筆いただいた、東京大学の川口大司先生、正木祐輔先生による本連載の趣旨をお伝えしたうえで、第1回で紹介されている行政データを活用した海外の研究事例や、日本における取り組み事例などをリンク付きでご紹介します!

川口先生は、2022年3月まで東大CREPEのセンター長を務められ、政策現場との連携や共同研究などをリードしてこられました。また、正木先生は本プロジェクトを研究・実務の両面で中心的な役割を担ってこられました。
それでは、お二人がまとめた本連載の趣旨をご覧ください!


■ 連載「行政データと実証経済学」スタートにあたって

川口大司(東京大学大学院経済学研究科教授)
正木祐輔(東京大学公共政策大学院准教授)

欧州諸国を中心に整備された行政情報のミクロデータは、サンプルサイズの大きさ、パネルデータとしての特性、測定された変数の精確性などの理由によって画期的な研究を生み出しており、その学術利用について経済学者の中で関心が高まっている。また、政府が進めるエビデンスに基づく政策形成(EBPM)の取り組みの中でも行政データの高度活用が随所で謳われている。しかし、個人情報保護との関連から日本では行政データ、特に税務情報の活用はほとんど進んでこなかった。そのため、行政データを利用した結果について、具体像が見えにくく、政府が個人情報を管理する監視社会への第一歩だというディストピア的な理解が先行し、高度利用に関する議論がいたずらに後退した側面も否めない。この誤解を解くために重要なのは、個人情報の保護に関する懸念に最大限の配慮をしつつ、行政データを用いた分析の実例を提示することである。

行政情報を用いた分析の有用性を示すため、東京大学政策評価研究教育センター(CREPE)では、全国の地方自治体約20団体との協力関係を構築し、匿名化された税務情報の提供を受け、行政改善のためのデータ分析を行い、参加自治体にフィードバックするというプロジェクトを、2021年夏に立ち上げた。個人情報保護法制との整合性の整理、個人情報を保護しつつ統計的な有用性を保つための匿名化処理のあり方、参加自治体へのインセンティブ付与、全国自治体へのアプローチ等、実際にプロジェクトを推進するために乗り越えなければならない課題は山ほどあった。CREPEに所属する教職員ならびにリサーチアシスタントから成るチームは、法学者、情報工学者等の関係者の協力を得ながら課題を1つひとつ解決してきた。

2021年秋からは、参加自治体から匿名化された税務データの提供を受けることができ、冬にはそのデータを用いて分析を行い、翌2022年1月には各自治体に分析結果を届けることができた。行った分析は、各自治体の来年度の税収予測である。匿名データには複数年のデータが格納されており、さらに各個人・法人に一意に割り振られた番号(「宛名番号」等と呼称される)がハッシュ化されており、これらを利用してパネルデータを構築することができる。ただし、個人を特定することが不可能な形で格納されている。この特徴を活かし、個人あるいは個別企業の納税額の時系列プロセスを推定し、その推定値を用いて来年度の納税額を予測した。この予測値を自治体単位で集計したのが、われわれの作成した税収予測である。この予測値を過去のデータに当てはめてみると、個人住民税に関しては、自治体が行ってきた税収予測に比べて誤差率(=予測誤差/税収総額の絶対値)をおよそ半分程度に縮減できることがわかった。一方で、法人住民税・法人事業税に関しては予測がきわめて難しく、すでに自治体が行っている税収予測を上回るパフォーマンスを出すためにはさらなる工夫が必要となることもわかった。各自治体は、来年度予算を組むために税収予測を行う必要があり、その正確な予測は効率的な財政運営のために欠かすことができない。課題はまだ残っているものの、本プロジェクトを通じて一定程度の貢献ができたのではないかと考えている。

この連載では、データ提供を受けるために乗り越えなければいけない課題としてどのようなものがあり、それらの課題をCREPEがどのように乗り越えたのかを紹介する。また、プロジェクトの過程で具体的にどのような税収予測やその他の統計分析を行い、データ提供自治体にフィードバックを行ったのかについても解説する。さらに、提供されたデータを用いて、今後どのような学術研究が可能となるのかを示すために、提供されたデータを用いた初期的な分析結果を交えつつ紹介していきたい。


本連載では、東大CREPEプロジェクトの取り組みとそこでのさまざまな工夫う、得られた研究成果の紹介はもちろん、行政データを活用した実証分析がどのような恩恵をもたらすのか? 課題はどこにあるのか? どうすれば、日本でも有効に活用することができるのか? など、研究の現場と実務の現場を行き来しつつ、行政データ(行政記録情報)の学術・政策立案への活用を目指して議論していきます。

■ 行政記録情報を活用した研究例:連載第1回より

連載第1回は、プロジェクトを推進する中心的な役割をになっている、川口大司先生、正木祐輔先生による、

「CREPEによるプロジェクト設立の背景とねらい」

です! 第1回では、まず「EBPM推進の伴を握る行政記録情報の活用」と題して、

  • 行政記録情報を活用することのメリット

  • 行政記録情報を活用して優れた成果を生み出した実証研究の興隆の紹介

  • EBPMをさらに推進するうえでの、行政記録をデータとして活用するために整備することの重要性

  • 日本における自治体行政をめぐるデジタル化の動き

について、それぞれ詳しく研究しています。

行政記録情報の活用は、特に北欧諸国で先行してきたと言われています。ここでは中でもノルウェーの行政記録を活用した研究として、以下を紹介しています。いずれも、Sandra Black, Paul Devereux, Kjell Salvanesの3名にって発表された、経済学のトップジャーナルに掲載された重要な研究成果とされています。

また、ドイツでは失業保険の行政記録情報を用いて労働者のパネルデータが構築され、それを用いることで重要なエビデンスを示す研究が生まれたことも紹介しています。

なお、「なぜ北欧諸国で行政データ活用が進むのか」については、東大CREPEのウェブサイトに掲載された丸山士行先生(現・曁南大学)へのインタビュー記事が、その背景まで詳しく考察されていて参考になります! 丸山先生は医療経済学等の専門家で、実際に行政データ(行政記録情報)を活用した研究成果を発表されている研究者です。

http://www.crepe.e.u-tokyo.ac.jp/material/crepefr12p.html

また、スウェーデンについては、ウプサラ大学の奥山陽子先生が、「行政データを駆使したコロナ禍検証(スウェーデンから①)」(『日本労働研究雑誌』2022年1月号)で、政策現場での行政データ(行政記録情報)の活用事例を紹介しています。

■ 日本での取り組みの紹介:連載第1回

一方、日本でも行政記録情報の活用を推進すべく、さまざまなプロジェクトがスタートしています。連載第1回では、その事例として、

  • 東京都足立区と協働する研究者のグループによる成果:
    その一部は、別所俊一郎先生ほかが寄稿されている、「<特集>教育政策の実証分析」『フィナンシャル・レビュー』第141号、2019年で紹介されています。

  • 兵庫県尼崎市と協働する研究者のグループによる成果:
    以下の尼崎市学びと育ち研究所(所長:大竹文雄先生)ウェブサイトでさまざまな情報を提供されています。

■ EBPM進展と行政記録情報整備に向けて

連載第1回では、上記のようなアカデミアでの行政記録情報活用の進展を解説したうえで、特に日本でのEBPM進展との関連について検討し、実際にどのような取り組みが行われてきたか、課題はどこにあるのかを整理していきます。

そして、そこで整理された背景をふまえて、東京大学政策評価研究教育センター(CREPE)が、複数の地方自治体と連携してスタートさせた、「EBPM推進のための自治体税務データ活用プロジェクト」のねらいと概要を詳しく紹介したうえで、本連載で紹介する論点をまとめます。

詳しくはぜひ、『経済セミナー』2022年6・7月号に掲載されている連載第1回を、ご覧ください!

なお、同プロジェクトは2022年5月26日現在で、2022年度プロジェクトへの参加自治体の募集を行っています(2022年6月21日締切)。詳細は、以下のCREPEのホームページ内のコーナーで告知されているので、ご覧いただければ幸いです。

■ おわりに

新連載「行政データと実証経済学」では、本noteで紹介した連載趣旨に基づいて、CREPEプロジェクトの内容を中心に、日本における行政記録情報の研究・政策両面での活用に向けた取り組みや、そのメリット、それを実践していくうえでの要点と工夫などを紹介していきます。ぜひご期待ください!

なお、第8回を掲載している『経セミ』2022年6・7月号の特集は、「経済学と再現性問題」。

先行研究で得られた科学的な知見が、再現できないかもしれない。
本特集では、近年、心理学における「再現性の危機」を契機に、多様な分野で注目を集めるこの問題にフォーカスして、そもそも、「これのどこが問題なのだろうか?」というところからじっくりと確認したうえで、「なぜ生じてしまうのだろうか?」「どうすれば防げるのか?」「実際に今、どんな取り組みがなされているのか?」を、経済学だけでなく、心理学、会計学、統計学から幅広い専門家の皆さまをお招きして、多角的に解説・ディスカッションしています。ぜひご注目下さい!!

特集= 経済学と再現性問題
・【鼎談】再現性の問題にどう向き合うか?……川越敏司×會田剛史×新井康平
・心理学における再現性の危機――課題と対応……大坪庸介
・経済学における再現性の危機――経済実験での評価と対応……竹内幹
・フィールド実験・実証研究における再現性……高野久紀
・健全な研究慣習を身に付けるための実験・行動経済学101……山田克宣
・再現性問題における統計学の役割と責任……マクリン謙一郎

https://www.nippyo.co.jp/shop/magazine/8801.html

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