【試し読み】『日韓ポピュラー音楽史』
あっという間にお正月が過ぎてもう2月ですね。みなさんは年末のNHK紅白歌合戦をご覧になったでしょうか。日本の音楽デュオYOASOBIとK-POPアイドルたちの華やかな共演に注目された方も多かったかもしれません。実は、いまや世界的人気のK-POPアイドルと新時代のJ-POPの躍進の裏には、数十年にわたる日韓のアツい歴史があったのです。
この歴史を丁寧にひもといた金成玟著『日韓ポピュラー音楽史――歌謡曲からK-POPの時代まで』をこのたび刊行しました!
noteでは「はじめに」の一部を公開します。ぜひご一読ください。(む)
はじめに
世界は、境界を共有する数々の近隣国との関係のうえにできている。
モノ・コト・ヒトがつねに移動し、混ざりあい、普遍と特殊が激しくせめぎ合うダイナミズムは、遠く離れた国家との関係のなかでは決して経験できない。境界線を通して日々のナショナリズムを感じるときも、国境を越えたグローバリズムを語るときも、近隣国同士の地理的・歴史的経験はその想像力の源となる。
ポピュラー音楽の世界も例外ではない。戦後、多くの国々は、1950年代にアメリカで生まれたロックンロールをともに欲望しながら、近隣国同士ならではの音楽産業と文化を築いてきた。アメリカとイギリス、メキシコとアメリカ、アイルランドとイギリスなど、両国間の移動と混淆で生まれた音楽は、そのままポピュラー音楽の主な「カテゴリー」となった。
日本と韓国も、境界を共有しながら互いにポピュラー音楽を形づくってきた隣国同士である。「日韓も」というどころか、これまで数十年にわたって活発な相互作用と融合によって生みだされた音楽産業と文化は、もはやグローバルな世界市場における一つの中核をなしている。その影響力は、音楽市場の指標にも表れている。
表0‐1は、世界レコード協会(IFPI)が発表した、2020〜2022年の3年間にグローバル市場でもっとも売れたミュージシャンの総合チャートである。
その前の二〇年間、グローバル音楽市場は激しいV字変動を経験していた。1999年に229億ドルの過去最高の総売上額を達成したのち低迷が始まり、2014年には131億ドルにまで落ち込む。しかし2020年に、デジタル音楽市場の急成長とともに216億ドルを記録し、18年ぶりに200億ドル台を取り戻した。その後、2021年には1999年を超える240億ドル、2022年には262億ドルと、過去最高の記録を更新している。新型コロナウイルスによる影響を考慮しても、ポピュラー音楽界が安定した市場を再確立したことだけはたしかであろう。
この数字から明らかなのは、まずK-POPの躍進である。この3年間グローバル音楽市場をリードしたともいえるBTSはもちろんのこと、SEVENTEEN、Stray Kidsの存在は、K-POP業界全体がグローバルな影響力を拡大していることを物語っている。しかし別の数字に目をやると、日本の音楽市場の影響力も同時にみえてくる。アメリカに次ぐ世界第2位の規模をもつ日本の音楽市場は、K-POPの市場としても圧倒的1位を占めている。
表0‐2のレコード輸入の貿易統計の数字は、デジタル商品を除いたものではあるが、K-POPのグローバル化にとっての日本市場の重要性と、デジタル化による低迷を経験した日本の音楽市場にとってのK-POPの重要性を示している。K-POPと日本の音楽市場は、もはや互いに不可欠な存在となっているのである。
一方で「アルバム売上」に絞ると(表0‐3)、日韓特有の「音楽文化」をうかがい知ることができる。この表では、総合チャートにはなかった日本のミュージシャンの名前が目に入ってくる。ごく限られた数字であるが、そこからもJ-POPの特徴がうっすらと浮き上がってくる。ポップ・シンガーソングライターの米津玄師、ロックバンドのKing Gnu、アイドルグループの嵐とSNOW MAN――ロックを中心とした多様なジャンルは、K-POPとは区別されるJ-POPの特徴である。
一方で、上位にあるK-POPミュージシャンーーBTS、BLACKPINK、SEVENTEEN、STRAY KIDS――と二組の日本のアイドルグループに注目してみよう。そこからみえてくるのは、日韓のアイドル文化と「ファンダム(ファン集団)」の存在である。じっさい、ストリーミングとダウンロードを合わせたデジタル商品を除く実物音盤市場において、日韓の影響力はきわめて大きく、世界1位と2位に並んでいる。この数字は、アルバムの購入を通じて自分のアイドルを応援する文化が定着した日韓のアイドル・ファンダム抜きでは説明できないであろう。
グローバル市場における日韓の大きな役割と密接な相互関係を示すこれらの数字は、さまざまな問いを投げかけてくる。K-POPと日本の音楽市場の密接な関係は、いつどのようにして築かれたのか。J-POPの多様なジャンルは、韓国ではどのように受容・融合されてきたのか。日韓特有のアイドル文化は、どのようにつくられてきたのか。日韓のポピュラー音楽の類似性と差異は、どのように生まれたのか。ポピュラー音楽をめぐる「日韓関係」は、世界の文化秩序のなかでどのように変化してきたのか。
本書の目的は、こうしたグローバルな文脈のなかで浮かびあがる問いの答えを探りながら、これまで断片的に語られてきたポピュラー音楽をめぐる日韓関係を歴史化することである。そのため、1965年の日韓国交正常化から今日に至るまでの日韓の音楽市場、メディア、音楽批評、生産・消費主体に関わる資料や文献を渉猟し、一つの「ポピュラー音楽史」として描いていく。
全体の構成を簡単に紹介しておこう。第Ⅰ部「歌謡曲の時代」では、日韓国交正常化がなされた1960年代から日本が世界第2位の音楽大国になった70年代を経て、韓国が民主化、自由化、国際化に向かう80年代までを扱う。各章では、日韓の「ポストコロニアル」はポピュラー音楽を通じてどのように発現されたのか(第1章)、音楽大国として台頭した日本と、高度成長とともに形成した韓国歌謡はどのように出会ったのか(第2章)、韓国で日本の歌が禁止されるなか、韓国の歌は日本の音楽市場でどのように消費されたのか(第3章)という問いを、李美子(イ・ミジャ)、演歌とトロット、坂本九、日本語ロックと韓国語ロック、李成愛(イ・ソンエ)、吉屋潤、日本のニューミュージックとアイドル歌謡、チョー・ヨンピルなどの音楽(家)を中心に検討する。
第Ⅱ部「J-POPの時代」では、日本の音楽市場が「歌謡曲」から「J-POP」を中心としたシステムに転換した1980年代末から、日韓の音楽的差異が顕著になっていった90年代を経て、「韓流」ブームとともにK-POPが誕生した2000年代前半までを対象とする。「J-POP一極化」となった日本の音楽産業と新たに台頭した東アジアのポップは、ポスト冷戦の時代のなかでどのような関係を築いたのか(第4章)、J-POPをめぐる韓国の若者の欲望が、1998年の「日本大衆文化開放」にどのように作用したのか(第5章)、K-POPが生まれる過程で日本の音楽市場はどのような役割を果たしたのか(第6章)を、桂銀淑(ケイ・ウンスク)、ヤン・スギョン、ソテジワアイドゥル、カン・スジ、S.O.S、T-SQUARE、カシオペア、X-JAPAN、坂本龍一、パク・ジョンウン、リーチェ(イ・サンウン)、李博士(イ・パクサ)、H.O.T.を含むK-POPアイドル第一世代、BoA などの音楽(家)とともに探る。
第Ⅲ部「K-POPの時代」では、「J-POP解禁」がなされた2000年代から、日本のK-POPブームがグローバルな文脈で加速した2010年代を経て、日韓の相互作用・融合がより活発化した2020年前後までをたどる。各章では、2004年の「J-POP解禁」が韓国の音楽産業・文化にどのような影響を及ぼしたのか(第7章)、K-POPのグローバル化を通じて音楽をめぐる日韓関係はどのように再構築されたのか(第8章)、アメリカにおける「BTS現象」は日韓のグローバル化の意味と方向性をどのように変えたのか(第9章)について、CHAGE and ASKA、TUBE、安室奈美恵、嵐、渋谷系、KARA、少女時代、TWICE、シティポップ、BTS、imase、XGなどの音楽(家)を通じて問うていく。
☆続きは本書にて、ぜひお手に取ってお楽しみ下さい!☆
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著者略歴
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