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【試し読み】日本は「右傾化」したのか


 テレビを点ければ日本を賞賛する番組が流れ、ネットを見れば隣国への批判的なコメントが目に入り、政治家の保守的な発言も目立つ――。はたして本当に、日本は「右傾化」したのでしょうか。

 この問いに答えるため、『日本は「右傾化」したのか』を刊行いたします!
本書は、表面的な意識調査等からだけではなく、日本社会の奥深く「意識レベル」「メディア・組織・思想レベル」「政治レベル」の3層から、編者の小熊英二氏、樋口直人氏をはじめ、津田大介氏、島薗進氏、砂原庸介氏といった各分野のトップランナーたちが読み解いていきます。

 今回は、本書の問題意識やアプローチ方法が端的に記述されている、「総説 「右傾化」ではなく「左が欠けた分極化」」(小熊英二氏執筆)から一部抜粋したものを紹介します。

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総説 「右傾化」ではなく「左が欠けた分極化」(冒頭部抜粋) 小熊英二


 日本は「右傾化」しているのか。これについては諸説がある。
一例として、二〇一七年に刊行された塚田穂高編著『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩選書)では、政治学者・社会学者・教育学者・宗教学者・ジャーナリストなどが、多様な側面からこの問題を論じた。しかし共著者たちのあいだでも、意見が分かれている。
 概していえば、社会全体の有権者レベルの調査では、顕著な「右傾化」はみられない (*1)。しかし、政党や宗教団体など特定の対象のレベル、あるいは報道のレベルでは「右傾化」が指摘されることが多い。政治家などの右派的言動も目立つ。
 本書は、このような一見すると矛盾した現状を、学際的な知見を集めて検証しようとするものである。それは日本の現状について示唆するものが大きいとともに、世界で普遍的に起きている現象の分析に資するものともなろう。その意義と射程は、個別の政変や現象を超えたものだと考えている。

「右傾化」の仮説と検証

 先に述べたように、意識調査の研究では、日本社会が総体として顕著に「右傾化」しているという兆候はないという意見が多い。では近年の「右傾化」は、どのような現象なのだろうか。この問題については、いくつかの仮説が考えられる。

 パラダイム変化仮説
 日米安保条約への賛成の増加を「右傾化」の指標とみなせば、過去三〇年ほどで世論調査のレベルでも「右傾化」が起きている。だが夫婦別姓や同性婚容認などのジェンダー規範では、むしろ寛容になっている (*2)。つまり「右傾化」を分類するパラダイムによって、見え方が異なると考える仮説。
 可視化仮説
 インターネットなどの普及により、過去には内輪の発言にとどまっていた右派的言動が、多くの人の目に触れるかたちで発信されるようになった。このように旧来から潜在していたものが可視化されたことが、「右傾化」と映っていると考える仮説。
 ノイジー・マイノリティ仮説
 過激な言動をする「ネット右翼」は、ネット利用者の約一%で、過去一〇年以上増加していない (*3)。差別的な言動をする政治家も少数である。だがその存在は、目立つので注目されやすく、報道もされやすい。これが実態以上に、社会が「右傾化」したとの印象を与えていると考える仮説。
 過剰代表仮説
 国会議員のイデオロギーの分布は、社会全体の世論の分布より右寄りであるという調査結果が存在する(*4) 。夫婦別姓や同性婚などに対しては、自民支持層よりも、自民党議員候補の方が賛成は顕著に低い(*5) 。このように、世論レベルでは「右傾化」していなくても、政治レベルなどでは右派的な意見が過剰代表されていると考える仮説。
 ヘゲモニー仮説
 政治的権力を持つ人々、教育程度の高い人々は、発言力が大きく目立つうえ、こうした層が「右傾化」すると社会全体に影響をもたらす。つまり社会の平均的な世論より、ヘゲモニー(主導権)を持っている層の「右傾化」が全体を規定していると考える仮説。
 相対的浮上仮説
 自民党の得票数が増えなくても、野党が分裂し弱体化すれば、自民党の議席は増える。また自民党の集票基盤が総体として衰えれば、宗教右派のように団結力の強い勢力は、少数でも影響力を持ちやすい。このように、他の衰退による相対的浮上が「右傾化」となって表れていると考える仮説。
 戦略的差異化仮説
 商業雑誌やインターネット・プラットフォーム業者の一部には、右派的な著者を集めて、固定読者をつかもうとするマーケティング戦略がある(*6) 。また民主党と差異化をはかるため、自民党が右傾化したという説もある(*7)。このような戦略的差異化が、メディアや政党の「右傾化」を生んだと考える仮説。

 このように、社会全体の意識調査では顕著な右傾化が観測されないとしても、「右傾化」が顕在化する要因はいろいろありうる。
 以上のうち、「パラダイム変化」「可視化」「ノイジー・マイノリティ」は、社会の実態よりも、むしろ社会を観測する側の視点の偏りを問題にするものである。それに対し、「過剰代表」「ヘゲモニー」は、社会が総体として大きく変化していなくても、社会の上層部に「右傾化」が生じる可能性とその影響を問題にする。そして「相対的浮上」「戦略的差異化」は、そうした社会上層部が、なぜ社会全体から半ば乖離して「右傾化」するのかという原因を考察したものだ。
 本書では、上記のような仮説を共著者に提示したうえで、異なる角度から「右傾化」を検証することを依頼した。本書の各論文を通読していただく際には、上記のような仮説の検証が行われていることを念頭に置くと、理解がしやすいだろう。
 さらに検証にあたり、本書の全体構成は、社会をいくつかのレベルに分けて対象を設定した。

 意識レベル
 まず、社会全体の意識のレベルで右傾化が観測できるのか、検証する必要がある。その場合は、「右傾化」「保守化」を計測する指標、歴史的変化、支持政党など他の項目との連関、年齢・性別・学歴などの区分に留意する必要がある。
 メディア・組織・思想レベル
 伝統的マスメディア、インターネットメディア、運動団体、宗教思想など、社会意識のレベルと政治のレベルを仲介する媒体の検証が必要である。これらを検証することで、意識レベルの動静と、政治レベルへの表出のあいだに、何が起きているかを確認できる。
 政治レベル
 さらに、政党・議会・政策アウトプットなど、政治レベルの検証が必要である。なぜ、一般世論より自民党議員は右傾化した傾向があるのか。地方議員と国会議員とでは、右傾化に別の要因がありうるのか。実際に行われている政策も、右傾化しているといえるのか。こうした、政治過程や政党組織などを対象とした検証が必要になる。

 二〇一八年から二〇一九年には、「右傾化」についての研究書がいくつか発刊された。しかしそれらは、上記のレベルのどれかの部分、たとえば社会全体の意識、ネット上の投稿、出版産業の動向などに焦点を当てていた。あるいは、それらを断片的に並べるに留まっていた。本書の特徴は、異なるレベルを統一して「右傾化」を論じたことにある。
 反面、本書では「右傾化」の定義についてはあえて統一せず、各共著者に任せた。その理由は、社会全体の意識レベルを分析する際に適切な「右傾化」の定義と、メディアや政治などのレベルを分析する際に適切な「右傾化」の定義は、異なるだろうと考えたからである。


*1 竹中佳彦「有権者の『右傾化』を検証する」塚田穂高編著『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩選書、二〇一七年)所収。谷口将紀「日本における左右対立(2003~2014年)――政治家・有権者調査を基に」『レヴァイアサン』(五七号、二〇一五年)九-二四頁。
*2 NHKの面接調査では、「結婚したら夫婦は同じ姓(名字)を名乗るべき」という問いに対し、一九九二年には七四%が「そう思う」、二三%が「そうは思わない」、三%が「わからない」だったが、二〇一七年にはそれぞれ五四%、四三%、三%となっており、どの年代でも「そう思う」が低下している。「世論調査 価値観の変化は」NHK NEWS WEB、二〇一七年〔https://www3.nhk.or.jp/news/special/kenpou70/articles/kaisetsu01.html〕(二〇二〇年七月一五日アクセス)。
 なお朝日新聞社と東京大学の共同調査では、二〇一七年から二〇年に、夫婦別姓に「賛成」「どちらかといえば賛成」が三八%から五七%に、同性婚は同じく三二%から四六%に増加した(「賛成 自民支持層でも浸透」『朝日新聞』二〇二〇年五月二九日朝刊)。
*3 辻大介「計量調査から見る「ネット右翼」のプロファイル――2007年/2014年ウェブ調査の分析結果をもとに」『年報人間科学』(第三八号、二〇一七年)および辻大介・斎藤僚介「ネットは日本社会に排外主義を広げるか──計量調査による実証分析」『電気通信普及財団研究調査助成 成果報告書』(第三三号、二〇一八年)によれば、二〇〇七年・一四年・一七年の調査におけるネット右翼の比率は、ネット利用者の一%前後で増減はない。ネット右翼の実態分析については、樋口直人・永吉希久子・松谷満・倉橋耕平・ファビアン・シェーファー・山口智美『ネット右翼とは何か』(青弓社、二〇一九年)参照。
*4 樺島郁夫・竹中佳彦『イデオロギー』(東京大学出版会、二〇一二年)第五章。一七三頁に二〇〇三年の有権者のイデオロギー分布と、同年の代議士の分布が示されている。
*5 朝日新聞社と東京大学の共同調査では、「賛成」「どちらかと言えば賛成」を賛成に、「反対」「どちらかと言えば反対」を反対に、「どちらとも言えない」を中立とみなすと、下記のとおりとなる。二〇二〇年の自民党支持層は、夫婦別姓に賛成が五四%・中立が二五%・反対が二一%、同性婚に賛成が四一%・中立が三〇%・反対が二九%で、全体と大きな差がない。しかし二〇一九年参院選の自民党候補は、夫婦別姓に賛成が二九%・中立が三九%・反対が三二%、同性婚に賛成が二四%・中立が四〇%・反対が三六%だった(前掲「賛成 自民支持層でも浸透」)。
*6 倉橋耕平『歴史修正主義とサブカルチャー――九〇年代保守言説のメディア文化』(青弓社、二〇一八年)。
*7 中北浩爾『自民党――「一強」の実像』(中公新書、二〇一七年)二四八、二八二-二八六。

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【目次】
総説
 「右傾化」ではなく「左が欠けた分極化」  小熊英二
第I部 意 識
 1 世論
 世論は「右傾化」したのか  松谷満
 2 歴史的変遷
 「保守化」の昭和史――政治状況の責任を負わされる有権者  菅原琢
第Ⅱ部 メディア・組織・思想
 1 マスメディア
 政治システムとの強いリンクがもたらした構造的「右傾化」  林香里・田中瑛
 2 ネットメディア
 ネットメディアの伸長と右傾化  津田大介
 3 草の根組織
 政治主導の右傾化  樋口直人
 4 天皇と神道思想
 神聖天皇と国家神道からみた日本の右傾化  島薗進
第Ⅲ部 政 治
 1 政党
 自民党の右傾化とその論理  中北浩爾・大和田悠太
 2 地方政治
 地方議会における右傾化――政党間競争と政党組織の観点から
 砂原庸介・秦正樹・西村翼
 3 政策アウトプット
 島根県の「竹島の日」条例制定の経緯  ブフ・アレクサンダー
おわりに  樋口直人

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