第77弾「あふれちゃん(仮)」
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第77弾「あふれちゃん(仮)」

ハーイ!みんな元気?あたしけいご。

77曲目はこれ。あふれちゃん(仮)。この動画は熱海の逢初庵で撮影しました。家にwi-fiがないから、いま、駅前の無料wi-fiを拾いながらベンチでこれを書いています。wi-fi乞食も楽じゃないぜ。蚊に刺されまくりよ。なにかやるときに「こうでなければ!」とか「これをしなくちゃ!」みたいな、自分を絞る出す感じになると辛いわよね。でも、いつの間にか動き出しちゃっているような、気持ちがあふれてやっちゃっているときって、素敵よね。

「あふれちゃん(仮)」 作詞・作曲 Keigo Sakatsume

伝えられなかった 思いは 何処に 行くんだ
言わずに終わるか 言って終わるのは どうだ

俺を叩けば 罪が まるでホコリみたいに
晴れた日に 舞い上がれ きらきら 光れ

悲しみ 深いほど 慰めも 深く 深く
闇が 強いほど 光もまた 強く 強く

ただ あふれる あふれる

使い込まれた 命 だから 味が出るのだ
愛ならば ある 見捨てられることはない

矛盾のなかに 俺は ど真ん中を見る
涙 流しながら 笑う 黙って 騒ぐ

胸が 苦しいほど よろこびも 深く 深く
寂しさ 抱くほど ぬくもりも 強く 強く

ただ あふれる あふれる

悲しみ 深いほど 慰めも 深く 深く
闇が 強いほど 光もまた 強く 強く

胸が 苦しいほど よろこびも 深く 深く
寂しさ 抱くほど ぬくもりも 強く 強く

ただ あふれる あふれる

誰かになにかを言いたいけど、嫌われたらどうしようとか、変態だと思われたどうしようとか、迷惑かけたら、負担になってしまったら、みたいなことを考えて、自分の思いを引っ込めちゃうことってあるわよね。でも、あたし、思う。この曲にも「言って終わるか、言わないで終わるか」って歌詞があるけど、どっちにしても、我々は終わるのよ。最終的に、死ぬのね。そのときに、ああ、あれをやっておけばよかった、とか、思いたくないわよね。

満月的なあれなのかしら、感情の変化が激しい時期ってあるわよね。なんだか頭がおかしくなりそうなくらい、さみしくなったり、悲しくなったり、狂おしくなったり。そういうときは動揺して「ほわちゃー!」みたいなことになっちゃうけど、でも、よく言われることだけど「悲しみが深いほど、そのあとに与えられる慰めも大きいものになる」のだと思う。コントラストっていうのかな、野宿を続ける日々を過ごすと、布団のありがたみが5億倍増しになる。みたいな。震災を経験すると、水のありがたみを知る。みたいな。長い海外生活の終わりに、日本語が伝わることのありがたみを知る。みたいな。

あたし、太陽星座が牡羊座で、月星座が蠍座なの。これ、星占いに詳しい人に話聞くと「150度差の星座をもつひとは、強烈な矛盾を抱えている」みたいなことを、言われるのよ。例えば、太陽星座が天秤座で、月星座が魚座の人も、強烈な矛盾を抱えている。詳しいことはググって欲しいのだけど、今世のあたしのテーマは『矛盾』とか『葛藤』とか『摩擦』にある気がする。あることを『まる』と言った時、同時に、もうひとつの自分が『ばつ』とか、言うのよ。だから、行動や発言が、どうしても両極端に行く。ある方向に進むと、その後、まったく逆のことをやりたくなる。そうすることでバランスを取る。両極端を生きるのは、バランスを取るため、そして『ど真ん中を射抜くため』だと、思うのよ。両極を知るからこそ、中庸を知るのよ。

昨日、鎌倉に行きました。詳しくは前の記事に書いたのだけど、フレッシュネスバーガーでコーラを飲んでいるところまではよかった。でも、そのあと、あるお寺に行ったの。そこに、すっごい可愛い猫がいたから、それを写真に撮ろうとしたの。そしたら、管理人のおじさんが「すみません、撮影禁止なんです。猫、増えて困っているんですよ」って、言ってきた。あたしは、ああ、そうなんだとか思いながら、スマホをしまって本殿の前に行った。そしたら、本殿にあった看板に「ひとつひとつの命輝く」とか、書いてあるのよ。なんだこれ、って、あたし思った。輝ける命を、まさに、駆除しようとしている側の言うセリフなのだろうか、とか、思っちゃったのよ。

世の中カレーは世知辛い。生きづらさ、感じることがしょっちゅうある。なんだかなあ、って思うことがたくさんあると、自分の感性に蓋をしたくなる。自分がこんなにも感じやすいから疲れるのであって、もう、なにも感じない心になればどれだけ楽になれるのだろうか。とか、たまに、思うけど、でも「感じる心をなくしたら、それこそ生きているとは言えない」って思うから、結局あたしはあたしを続ける。あなたには、そういう、感じすぎて疲れちゃう部分、ある???気を遣いすぎて自滅しちゃうこと、あるのはあたしだけじゃないと思う。あたしは、もう、気を遣いすぎて疲れてしまった。

でも、ちょっとでもいいことがあるとすぐに復活する。単純よね。幸せも、不幸も、長続きしないのかもしれない。人間は、忘れる。そのことに絶望したり、そのことに救われたりする。あふれちゃんって言葉は、なんだか好きで昔から使っているのだけれど、やっぱり「あふれてくる」ものに従った方が、人間、幸せになれると思うのよ。ボロ雑巾じゃないのだから、嫌なことを無理やり頑張る(自分を絞り出す)より、自分の内側からあふれてくるものに、従っていけたらと思う。絞り出すより、溢れ出す。これ、大事にしたい。

毎日投稿を続けていると、毎日、毎日、いよいよ今日こそは曲を作れないだろうなって思う。これまで作れたのは奇跡。たまたま奇跡が連続しただけ。いよいよ、今日こそ、俺は曲を作れないだろうな。そんな『絶望的にからっぽ』な状態から、毎日、創作を開始する。でも、不思議なもので、やりはじめると必ずなにか、原石みたいなものを拾う。かろうじて拾い上げたその原石を、必死になってあたしは磨く。原石を、宝石にできているかどうかは、わからない。ただ、毎日、毎日、必死に磨いていると、自分的には「あれ、これ、意外と光っているんじゃないだろうか」みたいな輝きを帯びる。そして、今日も、音楽が完成する。今日こそは無理だろうなという諦めと、すごい、ああ、今日もまたこうして曲ができたという感動。絶望と希望。天国と地獄。その両方、両極端のエモーションを、1日の間に何回も感じています。

あなたは、今、どんな気持ちで過ごしているのでしょうか。元気かしら。楽しいかしら。ひとりかしら。誰かといるのかしら。あたしは、どうしても弱い(という言葉には語弊がある)立場にいるひと、ひとりのひとに、共感を寄せるタイプの人間なのかもしれない。いま、そう思った。すでに楽しさの中にいるのなら、引き続き、その楽しさの中にいてくれたらいい。変な言い方だけど、あたしが出る幕はない。ただ、もし、いまちょっと苦しいぜ、とか、いまちょっとひとりだぜ、みたいなひとがいたら、ここにも「あなたと同じ人間がいるぜ」ってことを言いたくて、これを書いているのかもしれない。そんなことを、思いました。さみしさは、同じさみしさと出会うとき、温もりに変わる。そう思えた時、ああ、これも無駄じゃねえなって、思う。

じゃあ、またね。愛してるわ。バイバイ。

坂爪圭吾 keigosakatsume@gmail.com

【イベント情報】

6月30日(日)15時~16時@神奈川県横浜市「ごちゃまぜの家」

音楽活動開始宣言をしてから、およそ4ヶ月が経ちました。音楽初心者が、一年でどこまでいけるかを見てみたい。そのためには、本気でやる必要がある。そう思って、1日1曲を目安に音楽を作ったり、できる限り場数を踏むためにライブ活動(人前で演奏すること)も経験したいと願っています。もし、人前で演奏できる機会を設けてくださる方がいたら、ご連絡いただけたら最高にうれしいです。交通手段さえどうにかなれば、あたし、どこまでも行きます。会場も規模も問いません。ひとりでもいれば、あたし、行きます!!


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坂爪圭吾

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