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バーの常連客になって恋の会話が聞こえてくる小説 #恋はいつも文庫版解説文

恋の話は個人的なものだと思う。
飲み会などで誰かの恋の話を聞いて、「この人はこんな人を好きになって、こんな風に行動し、こんな思いを抱いたんだ」ということがわかると、その人のことを深く知り、距離が近づいたような気がしてしまう。

本書では21人の人物が体験した恋のエピソードが収められている。
1人でバーに訪れた男女は、レコードがかかる店内で、様々なグラスに注がれたカクテルを味わう。そして、バーテンダーに恋の話をするという形式である。
読者はバーの常連客になって、他のお客さんとバーテンダーの恋の話をそばで聞いているような感覚を味わうことができるのだ。

恋の話はなぜ、特別なのだろうか。
きっと恋をしたら、恋をする前の自分には戻れないからだと思う。
本書の最初のエピソードにて恋愛の季節が戻らないと述べられていたように。

恋をした自分は、それまでの自分が体験した感情よりも強い思いを抱くのだろう。
それは誰かを強く思った気持ちだ。恋の成就に対する喜びであったり、別れへの悲しさであったりする。

たとえば、本書の後半にあるエピソードでは、美術教師が思い出の中の女性だけを描き続けている。
彼は、教え子であった美術部の女子高生と、初めて顔を合わせたときから恋をしていた。けれども、女子生徒との禁断の恋愛に至るのを防ぐため、自分からは話しかけず、表面上は冷たく振舞っていた。彼女は卒業後フランスに渡り、彼は彼女のブログを読みながら思いを寄せ続ける。そして彼は、卒業以来顔を合わせていない彼女の絵を何枚も描くようになる。

どの話においても、恋の語り手は血が通っているかのように、いきいきとしている。それぞれの身に合ったファッションをまとい、カクテルを口に運びながら、本当に体験したかのような恋の話を、強い感情とともに紡いでいる。

本書を読んだあなたは、きっと恋の話が聞こえるバーに、なにげなく迷い込んでいるはずだ。


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