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平等なお菓子の時間

都内在住の6年生、カナトの小学校の修学旅行では夏に日光を訪れる。そして、修学旅行前にクラスメイト全員ですることがある。班決めだ。話し合いによって、定められた人数でグループを組む。グループの定員が決まっているというのは、なかなか残酷なことだ。仲の良い5人組と4人組を合わせると合計9人となり、定員が8人ならオーバーしてしまう。まるでエレベーターに大人数が乗り合わせると、多すぎる旨をブザーが告げ、すごすごと1名が立ち去っていくときのようだ。

そのときは総合の授業時間で、カナトのクラスの32人は泊まる部屋の班を決めていた。クラスには男子16人と女子16人がいて、男女別に定員8人ずつの班を4つつくることになる。8人みんなが仲良しという班をつくることはひどく困難だ。
特に小学6年生というのは微妙な時期だ。思春期の入り口手前や入り口を数歩進んだあたりにいる子どもたち同士の人間関係は、以前よりも複雑になる。いじめに代表される子どもの純粋な残虐性や、思春期に強まる仲間意識、自集団と他集団を区別する考え方に加え、反骨精神や大人びたものを好む思想が絡み合う。

そもそもカナトが友人と呼べるクラスメイトは4人ほどに留まる。背の順で一番前に立つカナトの後ろに並んでいるため話すことが多い3人と、放課後によく一緒にゲームをしていたユウマくらいだった。

少年野球に所属している体の大きなマサヤが中心となって、男子の班分けは進んだ。結局カナトはユウマと同じ班になったが、メンバーにはマサヤを含む少年野球組や少年サッカー組も多く、特にスポーツをしていないカナトと普段遊ぶクラスメイトはほとんどいなかった。同じく背が低いメンバー3人は全員別の班になってしまった。
ちょうど2時間目だったため、男子は授業時間内に班分けが終わり、その後は休み時間となった。大半はドッジボールをしに校庭へ駆け出し、カナトはユウマと図書室へ漫画を読みに向かった。
女子の班分けの話し合いはまだ終わっていないようだった。

班分けに関して、カナトにはあまり好ましくない結果だったが、最悪ではなかった。彼にとって、学校生活があまりうまくいかないことは日常だった。マサヤをはじめ、クラスの中心にいる声の大きなメンバーが、給食のときに話す話題や、学校行事で何をするかを決め、カナトはただ決まったことに従うだけだった。うまくいかなくて仕方がないと思ってしまうのだ。

修学旅行の朝になり、リュックを抱えたカナトは集合場所である学校へ向かう。通学路をいつも通りカナトは無表情のまま、とぼとぼと歩いていった。
旅行先では日光東照宮を見てから日光江戸村を散策した後、夕方にカナトたちは宿に到着し、各部屋に分かれた。

15畳ほどの和室のなかで、カナトたち8人はちゃぶ台を囲んでいた。ちゃぶ台の上には大量のお菓子が山盛りになっていた。マサヤをはじめとした数人が持ち込んだのだ。ポテトチップスとポップコーンの袋がパーティー開けで広げられた。様々な色をした包装紙が散らばっていて、それぞれの包みのなかにはクッキーが収まっている。チョコやバニラなど、いくつか味があるはずだ。ちゃぶ台の端にはラムネとガムとチョコの包みが並んでいた。カナトはユウマの横にすわり、8人はちゃぶ台を囲んでお菓子を食べた。

その後2学期から卒業式まで、カナトの学校生活は修学旅行以前とほとんど変わらなかった。カナトは相変わらずクラスの片隅にいて、声の大きなマサヤたちがクラスの中心だった。けれども、修学旅行でちゃぶ台を囲んでお菓子を口に運んでいる間だけ、彼らには何の序列も上下関係もなかった。ただ一緒にお菓子を食べているという時間が8人の間で共有されていた。カナトはその時間があったことを覚えていようと思った。

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