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【旅行記】私と旅④「私とイタリアⅠ~ヴェネツィア」

 私が最も心躍る場所はイタリアである。

 と言っても訪れたことがあるのは、ヴェネツィア、ミラノ、フィレンツェの3都市だけ。本当はローマやナポリ、シチリアなども興味があるが、音楽優先のせいで後回しになってしまっている。

妖しげな夜の顔

 初めて訪れたのは夜のヴェネツィアだった。
 ウィーンから飛行機でわずか1時間、距離にすればベルリンよりも近い。しかし、その文化的隔たりはずっと大きく、アルプス山脈の高さを思い知ることになる。

 空港から水上バスへ乗り、ゆっくり1時間以上かけて運河を進み、陸へ上がる。遠ざかるエンジン音と自分の足音以外には何も聞こえない。すでに日は沈んでいるとはいえ、まだ人々が寝静まるには早い。迷路のように細い道が建物や運河の間を縫うように張られ、街灯は手元の地図を照らすのが精一杯。そして、広場に面した店から漏れる明かりと聞き慣れないイタリア語の怪しさ。
 この街の夜は初めて訪れた異邦人を不安にさせるのには十分だった。

雑踏と虚無

 次の日、ホテルから一歩外へ足を踏み出すと、その街はまったく別の顔を見せた。明るい太陽、広場の雑踏、色彩豊かな露店、レンガと運河、重厚な宮殿、ルネサンス期の美術品の数々……

 なんだか無性に嬉しくなって、子供のように通りという通りを心の赴くまま歩いた。そうしていると急に周囲から人がいなくなる。
 それでも構わず前進していくと、なるほど袋小路である。先ほどまでの雑踏が嘘のよう。まるですべての人間が滅び、自分だけがこの世界に取り残されたかのような錯覚。その瞬間になぜか愛おしさを感じて、思わず身震いした。
 来た道を戻り、再び雑踏に身を投じると、土産屋で売られているカーニヴァルの仮面や観光客を運ぶゴンドラが不吉なものに感じられた。

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官能的な元祖カルパッチョ

 ベリーニとカルパッチョ発祥の店として有名なハリーズ・バーで食事をした。
 特にカルパッチョが絶品である。日本ではカルパッチョというと鮮魚のイメージであるが、元々は牛の生肉である。ヴェネツィアで活躍した画家カルパッチョが用いた色に似ていることが名前の由来だそうだ。現在も彼の絵はヴェネツィアで観ることができる。

 その朱色に近い赤色をした肉を舌へのせたとき、ぬめりとした官能的な感触を覚える。刺身とは決定的に異なる。刺身はこんなに濃厚ではない、しつこくない、そしてなによりこれほどまでに強烈に死を想起させない。

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 死や崩壊と隣り合わせの残酷と紙一重の美。これこそが多くの芸術家たちを魅了してきたヴェネツィアだと理解した。




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