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「午前4時、開かない踏切」

カーテンの隙間から零れる灯りに、死んでしまいたくなる午前4時。明るくなってんじゃねえよ、と理不尽に毒づきながら布団に身を沈める。

「……3件」

先ほどまで確かに『明日』だった今日の、来客予定を思い返す。3件も飛ばすのは面倒だな。観念し、消灯。目を瞑る。

死ぬのは簡単だと思った。

日本で暮らす限りは諸々のしがらみによりハードルが高いと感じているが、単身ふらり所謂「秘境」にでも訪れれば、言葉もろくに通じないまま佇んでいるだけで受動的にも能動的にも死ねると何故だか突然確信した。別に観光地だって同じことだし、何なら治安が悪いのは都市の方かも知れない。そう考えれば段々と日本でのハードルすらも下がってくる。

いつでも死ねると思ったら安堵の気持ちが生まれてくるから不思議だ。いつでも死ねるから、その日まで生きていける。「こんな会社いつでも辞めてやる!」なんて思っている方が邁進できるのと同じ類の現象だ。

「……明日はプレゼント祭り」

言い聞かせるように口の中で呟く。友人の出産祝いをまだ買えていなかった。父の日も近い。定年退職を控える父へ毎年お決まりのビジネス用品はあげられないし、ちょっと良いワインとチーズでも送ってあげようか。人の喜ぶ顔を想像すると少し元気が出た。ついでに自分の服も買おうかな。

昔住んでいた家の近所には踏切があった。ガタゴトと音を立てて走る車体に畏怖の念を感じていた記憶がある。飛び込んでも死ねそうにはないスピードだが、重みや厚さが桁違いだったのだ。

この街に移り住んで良かった。
踏切が開かなくて良かった。
気の迷いを起こさずに済むから。
踏み切らずに済むから。


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