Chef in Residence Project in 郡上 vol.1 ー 自然を五感で受け止める暮らし ~ 郡上の森とつくり手を訪ねて
岐阜県のほぼ中央部に位置する、豊かな山と水に恵まれた郡上市。「郡上に眠る資源や技術と、影響力のあるデザイナーがつながって新しいプロダクトやサービスが誕生したらいいね」という想いから生まれた取り組み「Chef in Residence in 郡上」(シェフ・イン・レジデンス)。この秋、2回目を開催することができました。
このプロジェクトは、シェフ(料理人)に郡上の土地に一定期間滞在してもらい、レシピ開発や商品開発、アウトプットの食事会などを実施してもらう仕組み。初回(2020年春)はvol.0で、2回目となる今回はvol.1となります。「なぜ郡上で?」といったプロジェクトの出発点や概要を知りたい方は、vol.0のレポートを読んでいただければ幸いです。
今回の主な舞台は郡上市の大和(やまと)地区となりました。お招きした料理人・安田由佳子(やすだ・ゆかこ)さんは、東京で和菓子教室の主宰など多彩な活動を展開しています。秋の恵みやこだわりのあるつくり手をめぐり、オリジナルの和菓子レシピを開発していただきました。
フィールドワークの様子と案内してくださった皆さんのお話、オリジナルレシピを実際につくって楽しむワークショップや茶寮の様子と安田さんのインタビューの全2部のレポートでお届けします。
森の恵みを分け合う
郡上を訪れたのは9月の秋分の頃。森は秋の色をまとい始めていました。
レシピ開発に向けて木の実を採るフィールドワークでは、vol.0に引き続きanother home gujoコーディネーターであり代表でもある由留木正之(ゆるき・まさゆき)さんに案内していただきました。清流・吉田川の上流、さらに源流の森を歩き、クルミやムカゴ、カヤの実といった秋の恵みを見つけていきました。
▲クルミの実について説明する由留木さん
▲源流の森を由留木さん(右)と歩く
― 由留木さんと一緒に森を歩いていると、上手に木の実を見つけることができます。
由留木:野生の動物たちもヒントをくれます。例えば、リスがクルミを食べた後の殻が目に入ったら、その真上や近くにはだいたいクルミの木がある。イノシシの足跡が集中している場所に立って見上げると、クルミやトチの木だったりします。僕たち人間は、動物たちが食べきれずに残していった実をいただいている感じですね。
― 森の恵みを分け合うということですね。
由留木:動物や人間が採った後も残った木の実は種となり、次の年の実りにつながる。里山の人は、森が持続するための知識を親から子へと引き継いできました。しかし最近は、まちの人がこうしたことを知らず、枝を根元から切ったり蔓を引きずりおろしたりして実を全部採ってしまい、絶やしてしまうことがあります。
▲動物の足跡は、木の実採りの手がかりとなる
「源流の森」の命の循環
another home gujoのメンバーが源流の森と呼ぶエリアは、先代、先々代の人たちが薪炭林(たきぎや炭の原料となる木材を採取する林)や焼き畑として、またキノコ・木の実・山菜採りや猟などの場として持続的に活用してきたといいます。若く勢いに満ち、多様な種が共存する森です。風雨で倒れ、朽ちかけた木の幹のところで由留木さんの足が止まりました。
▲源流の森の豊かな湧水に、安田さんも魅了された様子
― 木の幹から、違う種類の木の新芽が出ています。
由留木:弱った木に虫が付き、キツツキが穴をあける。その穴から菌糸類が繁殖して木をおがくず状に分解していく。新しい木の種がこれを苗床として育つんです。苔は雑菌を減らし保水の役割をします。これが森の命の循環です。森のサイクルは無駄がなく、次の世代へ命をバトンタッチしていく。現代は人間の営みだけがこの循環から外れてしまっているような気がします。
▲森の命の循環
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農家の製法を守り続ける「宝暦みそ」
木の実採りの翌日は、大和地区の「味噌(みそ)」と「酒」のつくり手を訪ねました。
はじめに訪問したのは、「宝暦みそ」と呼ばれる郡上の地味噌をつくっている「畑中商店(醸)」。郡上に古くから伝わる農家の製法を守り続けている畑中美里(はたなか・みさと)さんに、四季と向き合う味噌づくりの日々についてお聞きしました。
▲畑中さんは朗らかでパワフルな語り口が魅力
― 「宝暦みそ」の製法の特徴は。
畑中:丸麦(大麦)を煎って粉砕した香煎(こうせん)を使うことと、全麹(=大豆を全量麹にしてから仕込む製法)であること。香煎と麹菌を煮た大豆に混ぜ、3泊4日寝かせて仕込み前の麹をつくる。冬だからストーブを焚いて40度くらいの温度を保ち、菌が立つ(=麹菌が繁殖して固くなってくる)と、こわす(=崩す)。途中でうまくいっていないものは捨てる時もあります。
こうした勘は身体で覚えるもので、私も麹菌の性質を知るのに20年かかったかな。「やっとわかったわ、あんたのこと」って感じ。こうしてできた麹に塩水を加えて仕込んだ後は、気温の変化とともに自然の力で発酵・熟成させていく。四季と共に寝かせてつくる味噌ですね。
▲「麹蓋(こうじぶた)」と呼ばれる麹づくりに使う木製容器。以前、大工が注文したサイズより大きなものを納入してきた際は、麹菌の繁殖具合の感覚をつかみ直すために工夫を重ねたという
▲発酵が進む「宝暦みそ」
― たまり(醤油)も製造しています。
畑中:たまりも自然に発酵させて、「たて(竹製の細長い籠)」を桶に沈めてたまった分だけ汲み上げる。(夏の間は発酵が激しいため、秋になって)川の水が澄んでから汲み出し、2~3回漉すだけの「生だまり」です。
▲熟成中のたまりの表面
“名前をつけられない!?”味噌カテゴリー
▲「宝暦みそ」と地だまりを試食
― とても香り高く、やわらかい味噌ですね。
畑中:「宝暦みそ」は、味噌玉にできないほどのやわらかさが特徴。普通は味噌づくりから醤油に発展したと言われるけれど、郡上の地味噌はこのやわらかさや製法から考えて、「たまりづくりの文化が先にあって、味噌に発展したんじゃなかろうか」と思っているのよね。発酵の専門家が来られた時にこの仮説を話したら、「ほかの地域にはまず例がない」と言われましたが。うちの商品は「麦みそ」と表記しているけれど、その専門家は「この味噌のカテゴリーは独特で名前がつけられない」とおっしゃっていました。
郡上の味噌屋はうちも含めて元々は麹屋だった。味噌は家ごとに仕込むもので、地域の麹屋に「今年もかばして(=醸して)ほしい」と麹づくりを頼んでいたものです。
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大和の湧き水が生み出す伝統の酒
続いて訪問したのは、郡上市の大和地区にある日本酒「母情(ぼじょう)」の蔵元・平野醸造合資会社です。「古今伝授の里」と呼ばれる大和の地の湧水が生み出す伝統の味わいを守りつつ、新しい酒づくりへの挑戦を決断した杜氏の日置義浩(ひおき・よしひろ)さんと、新ブランドの企画を担当する深尾和代(ふかお・かずよ)さんにお話をお聞きしました。
▲日置さん(左)と深尾さん
― 「母情」はどんなお酒でしょう。
日置:日本酒もその時々によってトレンドとなる味があったりしますが、「母情」はいつでも変わらず、毎日飲めるお酒を目指しています。水は従来から大和の湧き水を使っていますが、今年は近くの田んぼで地元の方などと一緒に育てて収穫した酒米で仕込んだ「100%郡上産」の純米吟醸を出すことができました。
― 日置さんにとって酒づくりとは。
日置:子供を育てるのと一緒。(酒銘も)「母の情け」だからね。お酒は発酵の進み具合一つとっても、その年によって、米の産地によって変わります。仕込みに使うタンクも、杜氏の言うことを聞かん“やんちゃ坊主”がいたりする。その一つ一つと向き合って、目標や狙い目とする味に向かって作業を進めていく。その結果として「もう一杯ちょうだい」と言ってもらえるお酒をつくるのが自分のモットーですね。
▲「母情」を仕込む大きなタンク。どのタンクが“やんちゃ坊主”?
郡上の風土と四季を映し出す新ブランド
明治初期創業の平野醸造では今年、新たなブランド「HI TSUKI GOSEI(ヒ ツキ ゴセイ:日月五星)」が生まれました。その第一弾は「FUDOSHU(風土酒)」。命名されたとおり、郡上の風土と四季、そしてつくり手の想いが存分に詰め込まれたお酒です。
― 「HI TSUKI GOSEI」が生まれた背景は。
深尾:杜氏(の日置さん)と出会った時に、杜氏が「これから開かれた蔵にしたい」「チャレンジしていけるようなお酒をつくりたい」とおっしゃられました。その想いを形にしたいと、いろいろな人から話を聞いたり、私自身も提案したりして生まれたのが「HI TSUKI GOSEI」です。
― 「風土酒」はどのようにつくられたお酒ですか。
深尾:地元の明建神社では毎年8月7日に開かれる例祭で、どぶろくが振る舞われます。このどぶろくの仕込みで長らく使われていた木桶を神社からお借りし、大和の水と酒米で仕込んだのが「風土酒」です。仕込みも秋(9月)、冬(12月)、冬の終わり(3月)と複数回行い、その都度味わってもらって「味、変わってきているよね」といった感想をいただきました。
「母情」は毎年安定した味で、毎日安心して飲めるお酒。「HI TSUKI GOSEI」は毎年、毎回違う味でいい。「風土酒」はまさに郡上の風土に醸された一本です。その年に、その季節に、その土地で醸された味わいを楽しんでもらえたらと思っています。
▲新しく生まれたお酒「FUDOSHU(風土酒)」。味わいだけでなく、郡上では「ハザコ」と呼ばれるオオサンショウウオが描かれているラベルも印象的
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野菜は土地と季節が与えてくれる
由留木さん、畑中さん、日置さん、深尾さんのお話からは、自然を五感で受け止める暮らしやなりわいが伝わってきました。今回泊めさせていただいた郡上市大和町の農家民泊「くらしの宿 Cocoro」を営む多田(ただ)ひろきさん・しほさん夫婦も、土と作物のチカラをそのまま受け止める農業を実践しています。最後に、ひろきさんに大豆・小豆畑や田んぼを案内してもらいました。
▲多田さん(右)と安田さんは、野菜づくりの話で意気投合
― 葉っぱが虫に食われている野菜があります。
多田:農薬などを使わないので虫に食われることもあります。でも、タネを採り続けていると、野菜たちに抵抗力がついてくる。また、ここは戦後に田んぼから畑に転換されたので、表土のすぐ下に硬い岩盤の層があって、根っこの成長が妨げられてしまう野菜も多い。マメ科の大豆や小豆なら育ってくれますね。
▲虫に食われている葉があっても、大豆のさやは育っている
― もち米の稲穂の一粒ひと粒が、絵に描いたように大きいです。
多田:「刈ってください」といわんばかりですね。この田んぼは「一本植え」(1か所に植える苗が1本の農法)なんです。でもしっかり育ってくれました。
― 多田さんと農業の出合いは。
多田:2011年の震災などを機に食の安全について考えるようになり、農家になったんですよね。それまではオーガニックの店などに行っていましたが、「これは自分でやらなくては」と。自給は安心です。代わりにピーマンの季節はピーマン、ニンジンの季節はニンジンばかり食べていますが。でも「身土不二(しんどふじ)」* という言葉があるならば、一つの季節に食べられる野菜はせいぜい5種類ほどで、年間でバランスを取ればいい。神様というか、自然が我々に「これ食べな」と与えてくれているんです。
*人間の身体と暮らす土地(環境)は一体で切り離せないという考え。元は仏教用語だが、現代の食の思想では、その土地のものを食べ、生活するのがよいという意味で使われる。
▲多田さんが育てたもち米の稲穂。一粒ひと粒が大きく美しい
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今回お世話になった皆さんのプロフィール
畑中美里
大和の地で生まれ育ち、33年前に地味噌などを手がける畑中商店に嫁入りして以来、家族とともに味噌づくりを担う。地元の小学校や保育園で味噌づくりを教えるほか、店では一般向けの味噌づくり・麹づくりワークショップも人気。今年6月からは、同じ大和地区の豆腐屋さんなどと協力し、週1回自宅の縁側を開放して小マルシェ「宝暦市場」を開いている。
◇Facebookページ: https://www.facebook.com/%E5%AE%9D%E6%9A%A6%E3%81%BF%E3%81%9D-%E7%95%91%E4%B8%AD%E5%95%86%E5%BA%97-100939163401914
日置義浩
名古屋生まれで、小学生の終わりから高校卒業まで郡上で暮らす。名古屋で働いていたが、40歳を機に郡上に戻り、平野醸造に入社。2017年に平野醸造初の社内杜氏に就任し、「母情」の伝統ある酒づくりを受け継ぐ一方で、蔵開きイベントや新しい商品の開発に挑んでいる。前職はプログラマーで、酒蔵にある機械類の制御や改良なども自ら手がけている。
◇ウェブサイト: http://www.bojo.jp/
深尾和代
学生の就職支援や、健康な心身の使い方教育に携わる中で「生きていく土地が人への健康に大きく関わる」と実感し、今年4月、縁あって郡上に移住。菌好きが高じて平野醸造でお酒の企画を担当することになり、「HI TSUKI GOSEI」を立ち上げて「FUDOSHU(風土酒)」のリリースにこぎつけた。「毎年、毎年、どんなお酒ができるのかなぁと、飲み手・つくり手共に心が躍るようなお酒づくりに貢献します」
◇オンラインショップ、ウェブサイト: https://hitsukigosei.stores.jp/
another home gujo
第二のふるさとに帰ってくるように、郡上の文化や自然や人々に出会うこと。その出会いを通して、自分の内面や本質に触れられるような旅や企画作りをしています。
◇ウェブサイト: https://www.home-gujo.com/
くらしの宿 Cocoro
農のあるくらしが体験できる、オーガニックな農家民泊。郡上大和に流れるゆったりとした時間の中で、自然や食べ物と向き合い、くらしをじっくりと楽しむ。そんなひとときをお過ごしいただけます。
◇ウェブサイト: https://nf-cocoro.com/
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クレジット
コーディネート協力:another home gujo
取材・編集協力:中村紘子
主催・写真:NULL DESIGN オオツカサヨコ
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郡上の素材を味わえる!和菓子づくりレッスン in 東京の開催
今回記事でとりあげた、郡上の素材を使った和菓子づくりのレッスンが、東京でも開催されます。10月25日、26日の2日間の開催で、事前お申し込みが必要です。残席が少なくなっていますが、まだ間に合いますので、貴重な機会をぜひ、お見逃しなく。
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