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ビジョンに隠された落とし穴

お客様の社員インタビューを行っていると「うちの会社にはビジョンがない」という言葉に遭遇します。どんな方からこういう声が発せられると思いますか? 

うちの会社にはビジョンがない

これには、2パターンあります。ひとつは、評論家。自分の会社の悪いところを評して満足している人です。「だからダメなんだ」とまるで他人事のように言います。比較的大きな会社の役職の高い方によく見られます。「だからダメだ」と言うことで、自分の優位を保つ姿勢に見えます。その方自身から、ビジョンや志を感じるということは、残念ながらありません。こういう方がリーダーだと部下は不幸になります。

一方、仕事について自分なりの理想や志を持っている人たちからもこの言葉が出てきます。この人たちは、日々、現実と理想のギャップを埋めよう、組織の在り方を変えよう、仕事の在り方を変えようとしています。しかしながら、組織の中には現状を維持し、安定を図ろうとする力も存在します。これは、彼らにとって大変なストレスになるわけです。いつしか、彼らのエネルギーは、現実を変えることに向かわなくなります。「やったもん負け」という何とも皮肉めいた言葉も出てきます。自分にとっては、あまり重要だと思えない仕事に忙殺されます。そして…「うちの会社にはビジョンがない」という言葉が出てきます。

どちらも仕事が楽しくない状態にあります。そして、結局のところ、その理由を自分以外のところに求めています。仕事がつまらない。なのにその会社に所属している。つまり、ある種の自己矛盾に陥っているのです。こうした状態を認知的不協和といいますが、わたし達はこの不協和を解消する枠組みをでっちあげるのが得意です。イソップ童話の「すっぱい葡萄」のキツネをご存知でしょうか。高いところになっている葡萄を獲ろうとするキツネの話です。キツネはいくら跳んでも跳ねても葡萄が取れません。結果、「あの葡萄はどうせ酸っぱいんだ」と決めつけてその場を後にするのです。

素敵なビジョンがあれば素敵になるのか

「ビジョンがない」という声を聞くので経営者やわたし達も、「よし、じゃあ、未来に向けた希望のあるビジョンを作ろう!」となるわけですが、ここに落とし穴があります。こうしたビジョンは必要です。しかし、前向きになれるビジョンが描ければ、それだけでうまく行くわけではありません。ビジョンを機能させるためには、志を持っている人が見つけてくれた葛藤に目を向けることが必要です。そうでなければただの夢物語になってしまい、実際の行動に移されないのです。

下の図は、「思いのピラミッド」と呼ばれるもので、『MBB:「思い」のマネジメント ―知識創造経営の実践フレームワーク(一條 和生 , 徳岡 晃一郎 , 野中 郁次郎 (著))』という本の中から拝借してきたものです。

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MBO(Management of  Objectives)=目標によるマネジメントではなく、MBB(Management of Belief)=「思い」のマネジメントという考え方が書かれています。その中にこのピラミッドがでてくるのですが、「しがらみ」という要素が入っているところが示唆に富んでいます。

志や夢の達成の最大の障害はおそらく、過去のしがらみだろう。これまでのルールに従えばそんなことはできない、いままでの慣行と異なる、常識的ではない、そんなことはいままでできたためしがない、など否定意見や懐疑論がすぐに出る。多くの企業で、ビジョンが画に描いた餅に終わり、だれも本気にしないのは、制約条件を真摯に取り上げ、真剣に向き合うことをトップが表明しないからだ。
(出典)MBB:「思い」のマネジメント

志を達成しようとすれば今までと異なることにチャレンジする必要がでてきます。それは、「今まで」を壊すことになります。つまり、不安定な状態になるわけです。だからこそ、目指すビジョンを掲げようとします。しかし、それによって制約がなくなるわけではありません。ビジョンだけではなく、制約によって生まれる葛藤を明確に表現し、これを乗り越えようと伝えるのがリーダーの役割なのです。

今まさに、アフターコロナに向けたビジョンが求められています。それは、今の危機を乗り越えるためだけのものではありません。そのことによって組織に自信や誇りが生まれるという認識が大切です。旅行業が大打撃を受ける中、星野リゾートの星野佳路代表の語るメッセージが大変印象的でした。

私はこの仕事を始めてから30年。バブル崩壊やリーマン・ショック、東日本大震災などを経験してきました。こういう時期の売り上げ対策やコストコントロール、集客などのマーケティング手法は、決して平時では学べない観光のノウハウそのものです。もしかしたら、コロナ危機を受けてこの業界を離れようと思っている人もいるかもしれません。でも私は、いずれ観光業を離れるにしても、今は離れずにこの危機を経験すべきだと考えています。この危機を乗り越えた経験は、今後強い自信につながります。

この思いを支えているのは、旅行業によって世の中を再び元気にしようという志です。

この危機に本当に大変なことが起きています。でも、どこかで安易に「葡萄は酸っぱい」と決めつけてないか、志を見失っていないか、改めて肝に銘じたいと思います。

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