見出し画像

ハーバートを継ぐ者。#11

 

 「あなたは頑なに元々ファックスが車内に無かったと言っている。車内になかった本当の理由は本来の運転手が不在だったからだ。つまりあなたはあのトラックの本当の持ち主ではない。」


「……」


「反論する気はもうないのですか? まあ良い。ダンテ・サーチェンスの顔の仮面を被った誰かさんよ。今頃あのトラックはうちの者によってがさいれされていることだろう。その内にゴムでできたマスクが見つかるだろう。誰に頼まれたんですか? あなた一人が画策したとは思えない。今の内に全て吐いておいた方があなたの為ですよ?」


「私はダンテ・サーチェンスなんていう人は知りません……」


「じゃあ何故ナンバープレート、車体の特徴の一致する全く同じトラックにもう死んだはずのダンテ・サーチェンスが乗っていたという情報が入ってきた? 何故今あなたはこのような窮地にたたされている? さあ全て話してしまえ」


巧みな言葉選び、濁る光を放つ眼窩、決して逃れることのできない状況を作り出したこの男は若く見えるがそれなりに海千山千の経験を積んでいるに相違ない。


今ならまだ逃げ出せる。このまま自供して例の組織に消されるよりはましだ。何とか逃げ出してこいつらの目をごまかすてはないか。男は自嘲の笑みを浮かべて誤魔化しながらそう考えた。


ーーこの部屋には俺と、向かい側に立って睨んでくる刑事二人しかいない。先程までいた事務長らしき男は別室で聴取されているはずだ。扉までは大体三メートル。ノブを捻って開けるのに二秒、外に出て駆け出すまで一秒もかからない。


やってやる。


微妙に椅子を後ろにずらしていく。バレない程度に動かす。刑事は尚も沈黙の中に眼光という光を落とし込んでいた。こちらの引き出しにそっと手を伸ばして気付かぬ内に目的の物だけ取り出し、代わりに手錠という花を置いていく。悪辣のようだが紳士的。そんなものを思わせた。


ーーガンッ


椅子を後ろへ蹴ってドアノブへ飛びつく。体重がかかったせいかいとも簡単に回転し、開いた。ーーお前の敗因は扉の前に部下を置いておかなかったこと、部屋の中で二人きりにしたこと。油断したことだ。あばよ敏腕刑事。俺の勝ちだ。


時間が流れるのが一瞬遅くなった気がした。その空間で一言呟いた男がいた。「撃て」トランシーバーのマイクに顎を当て、抑揚の無い声で呟いた。


次の瞬間、ガアンという鈍い音が響いた。俺は頭の中と視界が真っ白になった。ーー撃た、れ、た?体がドサッと土の地面へ転がる。どこも痛くない。出血した様子もない。どこも撃たれていない。撃たれたのは地面の方だった。


安堵したのも束の間すぐさま警察官が数名やってきて腕に手錠をはめた。警察官がてきぱきと業務連絡を交わしていると刑事がゆったりとした歩調で白い手袋をはめながら近づいてくる。先程とは雰囲気が異なっている。


丸く尖った形容しようのないオーラが悪魔を宿したような鋭利なオーラに変形している。


「往生際の悪い男は嫌いでさ……特に君みたいな若造は……」


警察官でさえ少し動揺したように見えた。当の俺はその声に含まれるあまりにも強大な悪の力の前で声もだせずにいた。何か喋れば確実に恐ろしいものを目の当たりにする。そんな最恐が頭から離れなかった。


不毛な時間が何十秒か過ぎ去ると刑事が手のひらを空へ向ける。傍に控えていた警察官が慌ててーー銃を渡す。


「ひっ」思わず情けない声が出た。刑事がその銃を使ってこれから何をするかは火を見るよりも明らかだった。


刑事は銃の引き金に手をかけると感情のない面に鬼を宿す。そして俺のこめかみにぎりぎりと口の長い黒々しい化物を押し付ける。鬼は「言えよ。早く。誰に頼まれたか。」


歯がいつのまにか高い音を鳴らしていた。ーー言わなきゃ殺される。確実に。だが口が開かない。死ぬ。死ぬ。死にたくない。まだ死にたくない。獄中でも良いから生き延びたい。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?