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中森明菜「LIAR」

「LIAR」作詞:白峰美津子 作曲:和泉一弥 編曲:西平彰

1989年4月25日発売のシングル曲。

この時期はアイドル、歌謡曲全盛期に陰りが見え始め、
シンガーソングライター、ロック系のアーティストに
人気がシフトし始めた時期。

「LIAR」という曲は、
直前の約2~3年間、シングル・アルバムの両方において、
実験的、また挑戦的な曲を次々と出していった彼女の曲としては、
非常にオーソドックスな歌謡曲である…

…のだが、奇を衒っていないからだろうか、
彼女は肩肘を張らない自然体の歌唱をしている。
彼女の特徴でもある、囁くような、呟きのような歌い方も、
この曲ではこれまで以上にメロディをしっかりと捉えて
コントロールしている。

そして、もう一つの特徴である、
サビのロングビブラートがとても綺麗なのだ。
恋人を失った悲しみ、憎しみ、孤独、空虚感、強がり、諦め、
そして辿り付く決意、
あらゆる感情を包含した、いや、もしかすると
それらを遥かに乗り越えたかのように、
この曲における彼女の歌声は、
一流の演奏家が奏でる高級な弦楽器の音色のように、
繊細な強弱のバランスが秀逸で、儚く透明に広大に響き渡る。
歌詞の内省的で、内に秘めた自分だけの狭い世界の心の揺れを
描きながらでも、である。

僕の個人的な感想なのだが、
彼女の歌声は1988年頃~1991年頃が最も伸びやかで安定し、
最も美声な時期だと思っている。
それもまた、ヘタするとファンが付いてこれなくなるような、
それまでの実験的な試みをしてきたからこそ辿り着いた、
この歌声なのだな、と思う。

ピアノ、パーカッション、木管楽器をメインとしたアレンジが、
転調のない流れるようなメロディを、ドラマティックに演出している。
サビ直前からサビの辺りに入る女性のコーラスも、
中森明菜の歌声を邪魔しない丁度良いバランスで入っており、
曲の世界観により一層広がりを持たせている。

この曲のヒットの後に起こる不幸な出来事のために、
どうしてもこの曲はその前兆のように語られてしまう。
だが、この曲と直近のアルバム「CRUISE」は、
「中森明菜プロジェクト」が正常に機能していた最後の作品であり、
彼女本人がこの曲を歌う意志も当然含まれている筈。
その中で生まれた「LIAR」という曲そのものは、
中森明菜の曲の中でも名曲の一つに入るクオリティの高さがあると、
僕は高らかに公言したい。

ちなみに個人的には、
「ザ・ベストテン」という歌番組での
グランドピアノをフィーチャーした演出に、
当時度肝を抜かれ見入ってしまった。
こんな豪華なセット、演出を
3分前後の映像だけのために作ってしまえるなんて…
モノ造りを仕事としてきたからこそ、その凄さに改めて感心してしまう。
DVD「ザ・ベストテン 中森明菜 プレミアムBOX」を
購入した今となっては、
このセットでの歌唱場面が何度も観られて、とても幸せなのだ。

なお、この曲は前述の通り、
非常にオーソドックスな歌謡曲アレンジであるので、
カラオケにおいても、歌いやすい部類の曲だと思う。

またこの曲が別アレンジで収録されているアルバム「CRUISE」。
しっとりとしたスロー、ミディアムナンバーで構成されているが、
地味ながらも新たな一面をそこかしこに見せつつ、
余裕しゃくしゃくな彼女の歌唱が楽しめる、
「中森明菜」らしさ満載の、名盤である。

<追記>
当シングルのカップリング曲「Blue On Pink」も、
「LIAR」にも引けを取らない、美しくドラマティックな展開の曲。
悲しい曲でありつつも、一筋、二筋の光が射し、
タイトルの通り、鮮やかな色彩が目の前に広がるような曲だ。
この曲の作詞を担当された三浦徳子さんが先日お亡くなりになった。
ご冥福をお祈りつつ、数多の素晴らしい言葉を紡ぎ、
残してくださった曲がこれからも聴けることに、感謝の念を伝えたい。

(※この文章は、作者本人が運営していたSSブログ(So-netブログ)から転記し加筆修正したものです。)


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