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[短編小説] 出雲から - おばちゃんと、もうちゃんと、ぼく - ~一畑電車北松江線・大社線川跡駅

 「かわとぉー、かわとぉー…ごじょうすぃゃ、あるぃがとうごずぁーぇます、かわとでごずぁーぇます。いずもたいしゃぁほうみぇんは、のるぃかいぇです。ふむぃくぃりをわつぁって、いつぃばんのるぃばのでぃんしゃぁに、おのるぃかいぇ、くどぅぁーさいっ……」

えきのおばちゃんがマイクでそういったあと、
でんしゃがホームからぜんぶはっしゃしていった。

はいいろのすきまにしろいくもがみえるそらと、
ほどうにたってるきのはっぱがザワザワなるゆうがたが、
ぼくはだいきらいだ。
はっぱみたいにきもちもザワザワしてこわいから。

きょうはのりくんもひでくんも、ほかのともだちとあそんでいるから、
ぼくは、いっしょにあそべないおばあちゃんと、
ふたりだけでうちにいるのがつまらなくて、
えんとつのついたストーブのあるえきにきていた。
かごにドラえもんのほんと、もうちゃんをいれたじてんしゃにのって。

 「ゆうちゃん、きょうはどげしたかね。もうちゃんももってきたかねぇ」

あおいせいふくのおばちゃんは、
ストーブのまえのかたいいすにすわっていたぼくのとなりにすわって、
にこにこしながらそういった。

 「うん。のりくんもひでくんも、ともだちがいっぱいおるけん…きょうはそのともだちとあそんどるし、つまらんからきたわね」

ぼくは、もうちゃんがしゃべっているみたいに、
みぎてでもうちゃんをむにゃむにゃうごかしながら、そういったんだ。

 「もうちゃんはあそびにいってなかったけん、いっしょにきたかね」

おばちゃんは、
うん、とくびをたてにふった、もうちゃんをもったぼくのみぎてに、
もうちゃんにもたせるように、ぼくにみかんをくれたんだ。
ぼくは、もうちゃんがよごれないように、
うしろのつくえにもうちゃんをおいて、
ふにふにしたみかんをたべたんだ。

はいいろのくものすきまから、
あかとむらさきのまじったようないろがのぞいているそらが、
ホームとやねとのあいだからみえる、
まどのそとをみながらたべたみかんは、
すごくあまくて、すごくすっぱかった。

もうちゃんは、うしのぬいぐるみ。
ようちえんのバザーで、ぼくはくろいところがあかくなっていた、
にゅうぎゅうのぬいぐるみがほしいといっていたのに、
おかあさんはまちがって、
にくぎゅうのぬいぐるみをかってきちゃったんだ。
ぼくはすごくおこって、そのぬいぐるみを、
きいろいおもちゃばこのなかにいれたまま、
ずっとそのままにしていたんだ。

だけどね、
いつもあそんでいたパンやさんのトラックのミニカーがなくなって、
おもちゃばこのなかをさがしてたら、
そのぬいぐるみがでてきたんだ。
そのときはじめて、すごくかわいいっておもったから、
もうちゃんってなまえをつけて、
じてんしゃでともだちのところにいくときも、
ねるときも、いつもいつでもいっしょにいたんだ。
つくえにおいたもうちゃんは、ぼくといっぱいあそんじゃったから、
ちゃいろとしろのふわふわのけも、よごれてはげちゃって、
おねえちゃんにぬってもらったつぎはぎだらけ。
みかんのしるがついてもわからないくらいによごれているけど、
もっとよごれたらだめだから、つくえにおいたんだ。

 「ゆうちゃん、もうごはんだけん、おばちゃんとバイバイすーだわ」

じてんしゃでしごとからかえってきたおかあさんが、
えきのとびらをガララとあけて、そういった。
ぼくはたべおわったみかんのかわを、えきのおばちゃんにあげて、
はんズボンでてをふいて、もうちゃんをもって、
いそいでおかあさんのところにいった。
それでとびらをしめて、もうちゃんをじてんしゃにのせたあと、
おばちゃんにてをふって、じてんしゃにのって、
おかあさんのあとをついていったんだ。
ふりかえると、おばちゃんはぼくのほうをみて、にこにこしていたよ。


ぼくがはじめてえきにきたのは、ぼくが2さいのときだったみたい。
うちにぼくがいなくて、おとうさんも、おかあさんも、おばあちゃんも、
ぼくをいっぱいいっぱいさがしたんだって。
それで、おかあさんがえきのまえで、
ぼくのさんりんしゃをみつけたから、
えきのなかにはいったら、
ぼくはえきのおばちゃんのとなりにすわって、
あめをひとつもらって、なめてたんだって。
ぼくはおぼえていないんだけど。


ぼくは3ねんせいになった。
たっきゅうぶにはいって、そのれんしゅうをゆうがたまでやっていた。
でも、かぜのつよいひは、まだおかあさんがかえってきていない、
うちにかえるのがやっぱりきらいで、
かえりみちのとちゅうで、えきによくいっていたんだ。
そのときは、もうちゃんはもちろん、
おうちでおるすばんしてるから、いっしょじゃないけどね。

そのひは、せいこちゃんの「ピンクのモーツァルト」を口ずさみながら、
あるいてかえっていたんだ。
4さいのときに、おとうさんからくろいラジオをもらってから、
いっぱいいっぱいうたをきいて、
いろんなうたがうたえるようになってたんだよ。
「とうきょうブギウギ」だってうたえるよ。
ひとりでかってにベストテンごっこをして、
がっこうからうちまでかえるあいだに、10いから1いまで、
ぜんぶうたってたんだ。

すると、うしろからじてんしゃにのったゆりちゃんが、

 「ゆうくん、きょうはなにうたってるの?」

っていいながら、とおりすぎていった。
きこえないようにしていたつもりだったのに、
ずっとまえからしられていたんだとおもったら、
ぼくはきゅうにむねがバクバクして、
パァーっとかおがあかくなっちゃった。

あかいかおのままえきにいったら、
そのひは、おばちゃんがいなかったんだ。
ちがうえきのしゃしょうさんがなかにいたから、
おばちゃんはなんでいないの、ってきいたら、
しゃしょうさんは、かぜをひいたからきょうはおやすみしたんだって、いったんだ。

しゃしょうさんに、おばちゃんのうちをおしえてもらうと、
ぼくははしってうちにかえって、ランドセルをせおったままで、
もうちゃんとこたつのうえのみかんをひとつ、
じてんしゃのかごにいれて、
おばちゃんのうちにむかって、いそいでじてんしゃをこいだんだ。
ぼくはひとみしりだったから、
はじめていくおばちゃんのうちのピンポンを、
ドキドキしながらおしたんだ。
すると、しらないおじさんがとびらをガララとあけたんだ。

 「お、おばちゃんがかぜだってきいたけん…これあげてください」

 「おー、わかったわかった。さむいにかーにきてごいて、だんだん」

おばちゃんがでてきたら、
もうちゃんからみかんをあげようとおもっていたんだけど、
おじさんにそうするのは、はずかしいから、
もうちゃんをもたずに、ぼくのてでおじさんに、
ぷにぷにしたみかんをあげたんだ。
それでもかおはポッポポッポあつくなってしまったんだけど。

そのふつかあと、かえりみちでえきのなかをのぞいてみたら、
しろいマスクをしたおばちゃんがいたから、
ぼくはえきのなかにはいっていった。

 「ゆうちゃん、みかんごいてだんだん。ゆうちゃんのごいたもんだけん、まかったわぁ」

おばちゃんのかぜはまだなおっていなかったけど、
にこにこしてくれたから、ぼくはうれしかった。
うちまでのかえりみちは、
ひとにへんなかおでみられないくらいのスキップをしながら、
かえったんだ。


こうこうせいになったぼくは、こうこうのごうかくいわいに
おとうさんにかってもらったミニコンポで、
とおくのまちでながれている
「ヤングタウン」とか、「サーフアンドスノー」とかを、
ザーザーというざつおんとたたかいながら、
べんきょうをしながらきいていたんだ。

えきとぎゃくほうこうのがっこうへの
じてんしゃつうがくになったから、
でんしゃにのることもすくなくなったし、
えきにあそびにいくこともなくなってしまった。

りくじょうぶで、はしりたかとびをしていたぼくは、
あるひ、はいめんとびのちゃくちで、
マットからはみだしておちてしまって、
あしをけがしてしまったんだ。
けがをしたひは、せんせいのくるまでびょういんに
つれていってもらって、そのあともくるまで
うちにつれてかえってもらったんだけど、
そのあとからは、でんしゃにのって
びょういんにかようことになったんだ。

 「あら、ゆうちゃん、まつばづえなんかして、どげしたかね」

 「おばちゃんひさしぶり。げんきにしとったかね。これねぇ、たかとびでほねをおってしまったわね」

 「あーら、いけんねー。いまからびょういんかね」

 「そげだに…」

そんなはなしをしているあいだに、
でんてついずもしえきにむかうでんしゃの、
はっしゃのベルがなりはじめてしまった。
ぼくはいそいでホームにむかおうとするけれど、
ギプスにまつばづえじゃ、
だんさのあるふみきりもわたらなければいけないし、
ホームのさかものぼらないといけないし、
いそいでもどうしたって、まにあいそうになかった。
でも、ぼくがでんしゃにのるまで、
おばちゃんはベルをならしつづけてくれて、
ぼくはぶじにでんしゃにまにあった。

にほんのでんしゃは、じかんどおりにはっしゃするのがすばらしいって、
がいこくのひとがテレビでいっていたけれど、
いなかのでんしゃは、おとしよりもこどももびょうきのひとも、
ちゃんとのれるまで、まっていてくれるから、
そんなところは、とかいじゃなくってよかったなと、ぼくはおもった。

このひは、ぼくのいちばんすきな、
かたがわにひらく1まいのじどうとびらの
セミクロスシートのでんしゃにのれた。
ていしゃするときに、すごくゆれるでんしゃだったけど、
ふゆにはあたたかくなる、いつもふかふかのいす…
ひとりになりやすいせまいいすばっかりだったから、ぼくはすきだった。
えきにていしゃするたびに、おおきくガタン。
ぼくのからだもみぎからひだりにガタン。
そんなふうにでんしゃにゆられながら、
ぼくはむかいのまどからみえる、すっかりくらくなったそとを、
ぼんやりとみていた。


おおきくなったぼくは、
おおきなまちにあるだいがくにいくことになった。
いずもしえきからでる、とっきゅうでんしゃにのって、
うまれそだったこのまちからでるひがきた。

ぼくをこまらせたほどうのきには、
きみどりいろのちいさなめがはえてきていたけれど、
はるというきせつなのに、
ふゆみたいにさむいかぜがピューピューふいている、
どんよりとしたくもりぞらのあさだった。
ぼくは、こうこうのりくじょうぶの、
しろじにあおがらの、エナメルがポロポロはげてしまっているバッグと、
かってもらったあたらしい、はいいろのぬのとちゃいろのかわでできた
おおきなバッグの2つを、りょうほうのかたにかけて、
いずもしえきまでいくでんしゃにのるために、
うちからあるいて、おばちゃんのいるえきにむかった。

 「あらぁ、ゆうちゃん。きょうがいくひだったかねぇ」

 「そげだに。かばんがおもいけん、えらいわぁ」

 「そげにいっぱいもたんでも、おくればよかったにからに」

 「そげん、すぐつかうもんをいれとったら、こげなってしまったわねぇ」

 「まぁそげだわねぇ。もうちゃんはいれとーかね」

 「ははは。うちにおいとるわね。はずかしいわね」

 「はは、そげだわねぇ……わっせもんはないかね?」

 「たぶん、だいじょうぶだわ。もしあったとしても、おくってもらーけん。とりにかえっとったら、でんしゃにのれんしね」

 「そげだわそげだわ…あんた、かぜひかんようにきをつけーだよ」

 「ありがとう。おばちゃんも、からだにはきをつけーだよ」

 「だんだん。こんどはいつかえってくーかね」

 「どげだーかなー…なつやすみにはかえってくーかなー」

 「そげかね…」

ぼくは、きっぷをかって、
あおいせいふくのおばちゃんにきっぷをきってもらって、
2ばんのりばのホームにたった。
ベンチににもつをおいて、フゥーっとゆっくりいきをはきながら、
りょううでをうえにくんで、せのびをした。
いつもえきのなかから、おばちゃんといっしょにみていた、
ひいかわのどてのほうをみながら、せのびをした。

ぼくののるでんしゃがきた。
フッとひといきついて、ぼくはにもつをかたにかけて、
かいさつにたつおばちゃんにむかって、てをふった。
ぼくがさんりんしゃでえきにやってきて、
とびらのガラスからなかをのぞいたときから、
そのときのことはおぼえていないけれど、
たぶんそのときから、
ずっとかわらないえがおで、てをふるおばちゃんをさえぎるように、
でんしゃがホームににゅうせんし、ていしゃした。
ぼくはでんしゃにのって、にもつをあみだなにのせて、
まどをあけておばちゃんにもういちどてをふった。

 「なつやすみには、かえってくーけんねー!」

ぼくがおもわずそういったすぐあとに、
はっしゃのベルがなりやんで、
でんしゃはガタン、ガタン、ゆっくりうごきはじめた。
おばちゃんは、なにもいわずにほほえんだまま、
ずっとてをふっていた。


そのとしのなつやすみ。
ぼくはでんしゃでかえってきたけれど、
おばちゃんはえきにはいなかった。
なつやすみがおわってかえるときも、そのとしのねんまつも、
つぎのとしも、
おばちゃんはもう、えきにはいなかった。


もっとおおきくなって、
ぼくは、うまれそだったこのまちにかえって、しごとをやっている。
なりたかったしごとじゃないし、
おこられたりしてつらいこともあるけれど、
いいひとがいっぱいいるから、けっこうたのしくやっている。
はいいろのすきまにしろいくもがみえるそらと、
ほどうにたってるきのはっぱがザワザワなるゆうがたも、
ぜんぜんこわくなくなった。

くろいラジオは、まだつかえるのに、
しらないうちにおとうさんがすててしまった。
ミニコンポはこわれてしまって、
スピーカーだけがぼくのへやにのこっている。

 「しゃんきちゃないもん、すててしまーだわね」
と、おかあさんにずっといわれていた、ボロボロのもうちゃんは、
おとうさんにみつかってすてられないように、
だいじにダンボールのはこのなかにいれて、かくしている。
すてられないのは、
ときどき、もうちゃんをてにとって、かおをちかづけると、
ぼくがちいさいころのにおいと、おなじにおいがするから。

おばちゃんがいまどうしているのか、ぼくはしらない。
ちかくにすんでいたから、
しろうとおもえば、しることはできるけれど、
だれにもそのはなしをきくことはしていない。
そうしないほうが、きっといいとおもっているから。

 「かわとぉー、かわとぉー……ごじょうすぃゃ、あるぃがとうごずぁーぃます、かわとでごずぁーぃます……」

だいがくでできたともだちが、ぼくのまちにあそびにくると、
かならずいっしょにでんしゃにのって、
いずもたいしゃまでいくことにしている。
そして、でんしゃをまっているホームのうえで、
おばちゃんのまねをして、ともだちをわらわせている。

でもね、もうちゃんのことは、
だれにもひみつにしているんだ。
だって、はずかしいから。
もう、ぼくはおとなになっているから。

(※この文章は、作者本人が運営していたSSブログ(So-netブログ)に公開していたものを転記し加筆修正したものです。)

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