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「本阿弥光悦の大宇宙」 - 東京国立博物館

正月一月二日に恒例の松林図屏風詣をした際、書き留めたnoteの宣言通り、東京国立博物館で開催されている「本阿弥光悦の大宇宙」展を訪れました。

比較的長い会期の中で、いつが空いているだろうかと思案しつつ、土日共に天候が思わしくない週末に足を向けました。混雑していれば、空いている時期を見計らって再訪すれば良いと考えていたのですが、そこそこ来場者はいらっしゃるものの、行列ができるほどの混雑はなく、比較的ゆっくりと鑑賞することができました。

再三こちらのnoteで記載している通り、美術芸術の知識も造詣も無い私。
いつもは "feel first, (sometime?) learn later"という都合の良い言葉を隠れ蓑に、ただ目に映ったものを感じることだけを好み、その作品が生まれた背景や芸術作品としての巧拙などには無頓着。要は怠け者なのですが、光悦さんの作品だけは、以前から中途半端に触れることも多く、京都の誠光社という書店で見かけて購入した楽吉左衛門さん著「光悦考」も以前に読んでいました。それで珍しくその「光悦考」を再読し、延暦寺・六角連合軍による京都への焼き討ちを含む、法華宗と町衆との関わり、光悦さんという個人を生み出した本阿弥家という一族とその家業について、簡単に頭に入れた上での鑑賞となりました。
詳しくはありませんが、法華宗が町衆に支持され、商業発展の支柱になったという点では、西欧におけるプロテスタントのカルヴァン主義に通じるものがあるかもしれませんね。法華宗の排他性と不寛容は私は忌避しますが、こういった点は好ましいと感じます。

それで、前半部分の書状や刀剣についての展示はすんなりとその関係性も含めて頭に入ってきたのでした。learn firstも悪く無い。
ちなみに余談ですが、観光で街を訪れる際は、基本はlearn first, feel laterで事前にその街の歴史や成り立ちを学んでいきます。その方が楽しめる。この区別の理由は自身でもよく分かっていません。

光悦さんの作品だけではなく、同時代や関連する資料も多数展示されているこの展覧会。例によって、数あるそれらの作品の中から、感銘を受けたものをいくつか列記し、それぞれに素人の感想を記述してみたいと思います。
こんな素人の感想が他の方々のご参考になるかは分かりませんが、多分に自身の備忘的な意味合いもあることをご容赦ください。

尚、今回展示の全ての作品は撮影禁止。
前半の最後に主要作品を至近で撮影した映像が流されており、そこだけがストロボなしであれば撮影が許可されています。タイトル写真はその映像。
この映像ですが、光の当たり方など含めてその作品の魅力を十二分に引き出した名作となっています。短い映像ですので訪れる方は是非ともご覧になってみてください。


「舟橋蒔絵硯箱」本阿弥光悦さん作

この展覧会の目玉にされているインパクトの大きい作品。入り口入ってすぐに展示されています。
過剰に過ぎるほどに大きな曲線を描いて膨らんだ蓋。そこに描かれた比較的抑揚を抑えて描かれた舟橋の絵の上に、際立って浮き立つ美しい文字。この文字を浮き立たせる為に背景の絵はやや単調に描かれたのかと思われつつも、水面に浮かぶ金彩の舟の上に渡された斜めに渡された黒光りする橋の存在感も際立つ。橋の下の水面・そして舟が奥行きを感じさせます。そしてその上の文字の3レイヤー構造。
その構図も大胆で自由、大らかで、安土からの気分なのか、光悦さんの人柄が表されているのか、ウィットに富んだ自由な表現が迸り、そこに過剰な緊張感は漂わせない。この展覧会でも同時代の、中には国宝指定されている蒔絵作品は複数展示されていますが、そのどれとも吸引力が異なる。一度見たら忘れられない作品となっています。


「短刀 銘 兼氏 金象嵌 花形見」 志津兼氏 氏作
「刻蛸変り塗忍ぶ草蒔絵合口腰刀」

光悦さんの指料と伝えられている短刀とその造り。
光悦さんが普段から身につけてらっしゃった刀という先入観からも来るのでしょうが、華やかでありながら凛として節度を失わず、気品が滲む美しさと共に佇むような短刀に魅入ってしまいました。


「立正安国論」 本阿弥光悦さん筆

立正安国論そのものは私は関心がありません。同時代においては、日蓮さんなどよりも、当時の鎌倉幕府と、その卓越した指揮により毅然として懸命に元寇を阻止した武士団の方に余程感銘を受けます(そう言えば、日蓮さんの書が一つだけ展示されていますが、何とも癖の強い、同氏のアクの強い自己主張の強さを感じるような心地がしました)。ここで印象に残ったのが光悦さんの書の表現。
光悦さんの書状なども本展覧会には多数展示をされているのですが、素人の私には書状の字を見ても何がそれほど良いのか正直よく分かりません。書体としては空海さんの方が遥かに好きですし、本展示の中では小野道風とされている書の書体の方により惹かれます。
どうも、光悦さんの書の中でも、単に書状に認め伝えるだけを目的に書かれているものと、見せる為に描かれた書の大きく二つに別れるように感じました。
後述する「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」や「花卉鳥下絵古今集和歌巻」は後者。そして、この「立正安国論」は下絵が無いので余計にその特徴が際立っているように思えました。一つの紙面の中に、筆の肥瘦だけではなく、楷書、行書、草書の書体が混在し、そこに何の違和感もなく、違和感どころかそれ故にこの限られた紙面上の二次元の世界が奔放に広がりと奥行きを持って迸っているように感じるのです。
私は草書はほとんど読むことができません。そんな読めない私が見て何と大らかで美しいのだろうとただただ感じ入ったのがこの「立正安国論」の書でした。
現代のデジタルの世界でも、フォントを変えるだけでその文章、画面から来る印象が大きく異なります。いわば、文字の大小、ボールドに細字、フォントの種類などを一画面に自由自在に混在させ、しかもそれが見事な調和をもって世界をより豊かにしているのです。その思考の柔軟さと型にはまらない自由さ、表現者としての創造性にただただ驚きと敬服です。

前述の楽吉左衛門さん著の「光悦考」では、法華宗と町衆の関係、本阿弥家について、そして光悦さんの焼き物についての記述は多く見られるものの、陶芸家だけあって書についての説明があまりありません。作品は写真で紹介されているものの。この書についての説明が読みたくて、本展覧会でも図録を購入しました。気合の入った立派な作りとデザインの図録。お薦めです。


「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」 本阿弥光悦さん筆 俵屋宗達さん下絵

言わずと知れた京都国立博物館所蔵の至宝。普段の展示では、確か安土桃山展の際も、一部だけが開いて展示されていることが多いこの作品が、今回の展示では全編見開き(?)で鑑賞することができます。贅沢!
この作品は多くを語る必要もない見ればわかる芸術。私はこの作品が好きで、プライベートで使うクリアファイルは全てこの作品を愛用しています。クリアファイルは消耗品ですので、今回も銀彩版と通常盤の二種あったものを双方購入して補充。


「花卉鳥下絵古今集和歌巻」 本阿弥光悦さん筆

上述の「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」は大好きな作品で、今回訪問のお目当ての一つ。もちろん鑑賞できてご満悦だったのですが、今回の展示で初めて実物に出会えて感激したのがこの「花卉鳥下絵古今和歌集和歌巻」でした。作者の記載がなく宗達さんではないのでしょうか?その下絵の花、千鳥と岸辺の松林の表現がたまらなく心が吸い寄せられ、その上に舞うように散りばめられた光悦さん筆の古今和歌集の表現に溜息が漏れます。上述の通り、今回も自宅の収容力がすでに限界であるにも関わらず図録を購入したのは、書についての解説が読みたかったことに加えて、この作品を何度も見返したいという思いから。この作品に出会えてよかった。


「白楽茶碗 銘 冠雪」 本阿弥光悦さん作

茶碗についても私は素人ですが、灰釉の志野茶碗、そして白楽茶碗を目にすると前からなかなか離れられなくなります。その白楽茶碗。
前述の本「光悦考」によると、光悦さん作の白楽茶碗は3つしか確認されていないようです。それは「不二山」「白狐」「冠雪」の三作品。「光悦考」には、その三作品について楽家の作品との関係なども交えながら詳細に記されています。その内、私が最も見たいと思ったのは「不二山」。ただ、学芸員さんに確認したところ、残念ながらこの「不二山」は今回展示は無いとのこと。諏訪のサンリツ服部美術館所蔵のこの作品、「光悦考」でも外部に貸し出されることは殆どなく、同美術館の学芸員でも触れる機会が少ない作品と説明されています。残念ではありますがやむを得ないか。事前に展示の有無を確認の上、八ヶ岳登山の折に、諏訪まで鑑賞しにいきたいと思います。
残りの二作品「白狐」「冠雪」が今回展示されています。
その内、しばらく釘付けになったのが「冠雪」でした。すっと切り立ち、潔く削り出されたようなその表情が私を惹きつけるのか。自身の好みを論理的には説明できず、まぁ、素人なので説明できなくても良いかと怠惰に流れてもいるのですが、著名な黒楽茶碗「時雨」や「村雲」がある中でも、とりわけ、いや、少し赤楽の「弁財天」と「加賀」にも惹かれたけれど、「冠雪」は叶わぬことと思いつつも、掌に乗せて一服頂きたいと強く焦がれる作品でした。

十二分に満足して会場の平成館を後にしました。会期中にお気に入りの作品だけを愛でにもう一度くらい訪れてみようかな。
今年は、年明け早々展覧会に恵まれて充実した始動です。
そしてその始動の第一弾であった長谷川等伯さんの「松林図屏風」に再会する為に本館に。年始と異なりソファも作品前に戻されていたので、座って30分ほど耽溺。多幸感に包まれた充実した土曜日となりました。

本館2階国宝室 長谷川等伯さん作 「松林図屏風」
東京国立博物館 庭園
東京国立博物館 庭園
東京国立博物館 庭園
東京国立博物館 庭園



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