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隣のおじちゃん

まるで嵐が通り過ぎていったかのようにコロナの感染者数は驚くほど減少した。
そのお陰で、半年ぶりに東京に来ることができた。

その理由として最も明確なのは、遠距離恋愛中の彼女に会いに来ること。
それだけでも東京に来る価値は充分あると言っていいが、やはり東京とは、新しいものに限りなく出会うことができる特別な場所なのである。

つまり、東京には、福岡では得られないものを得るために来たといっても過言ではない。
そんな場所に10日も滞在するのに、ただ過ごすだけでは勿体無いと、空いた時間を使ってできる限り多くnoteを書くことにした。
長めの日記のようなものだ。


初日はほとんど移動だけで終わってしまうから、特別に書くこともないだろうと高を括っていたが、ちょっとだけ素敵なことと出会うことができた。
今日はそのことだけ書こうと思う。


今回の2週間弱の旅のお供として、西加奈子さんのエッセイ集『この話、続けてもいいですか。』と、ごはんにまつわるエッセイ集『ごはんぐるり』を持ってきた。
飛行機に乗って早速、ごはんぐるりの方を読み始めたのだが、隣に座っているおじさんも文庫本を開いている。

スマホが老若男女問わず普及した昨今、移動時に読書をしている人が2人以上揃うことはなかなかに珍しい。
確率で言えば、街中で自分とすごくそっくりな服装をしている人と出くわしてしまうことと同じくらいだと思うが、嬉しさが全く違う。

以前、Instagramでお洒落な男が、「今日乗っていた電車の中で、そこにいた4、5人全員がスマホを触らずに読書をしていた。俺はそれがすごく嬉しかった」と言っていたのを見て、「うっせえよ!文化的な要素アピールしてんじゃねえよ!スマホで読書をしてる人もいるかもしれねえだろ!うっせえよ!」と心の中でボロクソ言っていたのですが、僕もその気持ちがわかりました。

スマホでインスタを見たり、ゲームをしたりするのとは大きく違う。
それらは身体という実体がただその場にあるだけで、心と頭は全く別の異世界へ飛んでしまっている。
でも、読書をしている人たちは、その場・環境と一体になりながら別の世界を楽しんでいる感じ。
前者は冷たくて、後者は暖かい。

それぞれ違う世界へ行ってるんだけど、読書をしている場合はみんなが同じ時間を共有している気がして僕は嬉しくなってしまうんじゃないかな?
どっちが良くて、どっちが悪いとかの話ではなくて、「なんかそれって素敵だよね」と共有したいだけです。


この話はここでは終わらず、もうちょっとだけ続きます。


西さんのエッセイを二つほど読み終えた頃、飛行機が動き始めました。
「ちょっとうるさいかな」と思うぐらいの音が鳴ってはいましたが、読書を中断するほどではありません。
しかし、いよいよ出発直前、本レーン(と言うのかな?)に入った機体は「ゴー、ゴー、ゴゥン」と威勢の良い音を出し、先ほどまでとは全く違う轟音をかき鳴らしながら全力疾走し始めます。

飛行機にはそろそろ慣れてきたと思っている僕でも、いつだってその瞬間は手汗がドバドバ出てきます。
さすがに読書の手を止めて、読みかけのページに人差し指を挟んで顔を上げた数秒後。
隣のおじちゃんも僕と全く同じようにして顔を上げたのです。

「ハハ、そうだよね」
と僕は心の中で笑っちゃいました。

機体が浮き上がって安定するまでの数分間、僕とそのおじちゃんは明らかに2人の時間を過ごしていたと思います。
後々、おじちゃんのさらに隣に奥様がいたことに気づいたのですが、あの瞬間だけは奥様よりも僕の方が心が繋がっていたはずです。
そういう趣味でないことは留意しておきたいところですが、そんなことどうでも良いと思うくらい、僕はそのひと時を心から楽しんでいました。

その後、機体が安定し、シートベルトの着用ランプも消え、そろそろ読書に戻ろうかなと思っていた時、おじちゃんが僕よりも一歩先に読書に戻りました。

「ハハ、やっぱり、そうだよね!」
と僕は歓喜します。
もちろん、なんてことないように真顔で。心の中でね。

おじちゃんが膝の上に置いていた時に、何とか悟られないように横目で確認した
『刑事小町 浅草機動捜査隊』
この東京旅行の間で読んでみようかな。

そして、こんなちょっとした素敵な瞬間に沢山出会えると良いな。

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