「新宿ー。山手線、地下鉄線はお乗り換えください。新宿ー」
まるで波が引くかのように、混み合っていた乗客たちが下車すると、車内は一瞬でがらんどうになった。四谷から乗り込んだいずみは、やっと扉から近い席に腰を下ろした。新宿からはこの時間大して乗る客がいないのか、立っている客はいない程であった。いずみは、何気ない様子で車内を見渡しながら、ひとりひとりの乗客たちにはその人なりのかけがえのない人生があるんだろうな、と、日頃思いもしないことをふと考えた。弟、誠からの手紙がそうさせたのか、正直いずみにもわからなかった。ただ、昨日届いた誠の手紙を読んで以来、心の中で得体の知れない何かが動き始めているのは確かだった。
誠からの手紙を読み終えると、いづみは目を閉じた。八王子まではあとしばらくだ。いづみは車輛の揺れに身を任せ、昨年誠のことを心配しながら亡くなった母のことを思い浮かべていた。医学部を卒業しながら、臨床医にならず詩人の道を選んだ父を見守り、苦労した母を思うと涙が溢れた。
「まもなくー八王子ー、八王子です」
車内アナウンスにふと我に返ったいづみは、誠からの手紙をバックの中にしまうと、立ち上がり扉の前に立った。
扉に映る自らの姿の向こうに、八王子の夜景がキラキラと輝いていた。
一瞬のことであったが、
「おねえちゃん、おねえちゃん」
と、後ろからついて歩いた二歳の頃の誠の姿が浮かんだ。
いづみはあの頃の自然で無邪気な誠に戻りつつあることをうれしく思った。