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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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#note書き初め

砂絵 #51_67

「この子が、こちらにお世話になっていると聞いて」恵の顔を覗き込む椎衣。恵は安心したように眠っている。 「朱雨さんは気の毒だった。信じられない」 「なぜ、朱雨は死んだんですか?」 「亭主の元へ、朱雨の喉仏の入った小箱と配給券が送られてきた。朱雨に何が起こったのか、知らされなかった」 「猿海さん、どうして、この子を預かることに?」 「海に出るから暫く預かってほしいと、亭主に頼まれた。他に身よりがないと。暫く、顔を見せてない」 「わたしが引き取ります。この恵を」椎衣は汗ば

砂絵 #51_67

 その場所を聞き老婆に礼を言うと、椎衣は自転車で走り出す。  診療所の前で自転車を止めると、庭で遊ぶ恵が椎衣を見る。 「かあちゃん!」恵は叫びながら椎衣に抱きつく。椎衣は恵を抱き上げる。 「かあちゃん、どこにいってたの?恵、寂しかったよ。恵、ずっと待ってたよ。かあちゃんが教えてくれた歌唄って」恵の顔には、涙が流れた跡が乾き白くなっている。椎衣は黙って頷く。 「朱雨さん・・・」扉が開き白髪の男が庭に出てくる。  椎衣は恵を抱きながらに近づく。 「猿海です」 「

砂絵 #50_66

「いえ・・・」椎衣は立ち止まる。 「そう、朱雨は死んだ」 「朱雨は・・・」椎衣はプールに浮いた姿を思い起こす。 「あんた、朱雨にそっくりだ。当然だな。それに二人とも、恵にそっくりだ」 「恵?」 「朱雨の娘だ。あんた方と同じように、わしがとりあげた」 「産婆さん?」 「ああ」 「その子は、どこに?」 「猿海先生、港の診療所におる」 「病気なんですか?」 「いや、朱雨の亭主が頼み込んでな」 「なぜ?」 「わしが預かればよかったんだが、如何せんこの歳じゃ自

砂絵 #49_6

「人は懐かしむことができるから、今があるんじゃないのか。写真を撮ることだって・・・」 「あの花火の写真。一瞬で消えていく光の粒を追いかけていく飛行船。今までのわたしだったんです」 「というと?」 「母の残していったカメラ、わたしが写真を始めたきっかけでした。サブリミナル、ですか?あれで母の姿を見た時、それ以来何かが違ってきた・・・」 「何かって?」       砂絵は答えずに静かに受話器を置く。 ⌘二十二 椎恵  椎衣は、自転車を押し通りを行く。あたりを見回し

砂絵 #48_64

「順調ですか?その後」 「まあ、一段落っていうところかな」 「そうですか」 「実は君の体験から、ある仕掛けを考えた。不謹慎かもしれないが」 「どういうことです?」 「遊園地、人気《ひとけ》がなくて寂しいって言ってただろう」 「ええ・・・」 「亡くした息子なんだ。息子はずっとあの遊園地に棲み続ける。子供のままの姿で永遠に」 「思い出をつくる場所を彷徨う、ということ」 「うん」 「観覧車のように一回転すると、ただ人は降りていくだけ。通り過ぎた風景。その照り返し

砂絵 #47_63

「砂絵なら来ないと思いますよ。休学するらしいし」  写真学校、午後。学務室で休学届けを提出する砂絵。砂絵は思いで深げに校内を廻る。写真展のポスターやアルバイト情報などが雑多に貼られた掲示板。学生達がたむろする学食。埃っぽい撮影スタジオから地下のラボ。ゴミ箱には液かぶりのフィルムや丸められた印画紙、薬液の空缶が捨てられている。  砂絵の家、夕方。段ボール箱に荷物を詰める砂絵。電話のベル。受話器を取る砂絵。 「はい」 「木川田ですが」 「ああ、木川田さん」 「写真展を

砂絵 #46_62

「椎雨が、あんたの所へ流れ着いたのも何かの因縁。須恵さんは察したのだ。母親としての勘で」 「ここへ来る意味は?」立ち上がる椎衣。 「どこへ?」 「母を探しに。ごちそうさまでした」椎衣は店を飛び出す。 ⁂二十一 写真展  数日後、木川田の作業場。砂絵が置いていった写真展の招待状。それを木川田は眺め、カレンダーに目を移す。  写真展の会場。受付に寄り記帳する木川田。木川田は、ロビーを仕切るパーティションに掛けられた写真を見て回る。  木川田は立ち止まる。花火を撮った

砂絵 #45_61

「椎雨、わたしの妹・・・」 「椎雨のこと、須恵さんから聞いていなかったかね?」 「ええ、何も。それに母は耳が・・・」 「椎雨と遊んだ子供の頃の記憶は?」 「いえ」椎衣はコーヒーをゆっくりかき回す。カップの中の自分の顔が歪む。 「そうか・・・」 「母は、ここに住んでいた時から耳が?」 「いや。この街から出ていく前、あんたの父親といろいろあってな。あの時は燃料危機の真っ只中で、世の中も荒れていた。まあ、あんたの父親のことは悪く思わん方がいい」 「父親のこと?今まで思

砂絵 #44_60

「闇船に頼んでいる」 「闇船?」 「漁師あがりの連中だ。闇物資を運んだり、密航者の手引までしている」 「闇物資・・・」 「仕方ないんだ。配給の代用品など珈琲とはいえない」老人は吊り戸棚の奥からコスモスの柄をあしらったカップを選びカウンターに置く。 「懐かしいカップだろう。覚えているか?あんたが子供の頃、このカップでよくミルクを飲んでいた。椎衣さん」サイホンからコーヒーを注ぐと老人は椎衣の前に置く。 「どうして、わたしの名を?」 「もう二十年近いんだな。あんたと須恵さん

砂絵 #43_59

 老人は、カウンター席を椎衣に促す。椎衣は、おずおずと腰を掛ける。 「いつもので、いいかな?」 「いつもの?」 「椎雨ちゃん・・・。いや、そうか、そうだった」老人は頷くと老眼鏡を取り出す。暫く椎衣の顔をまじまじと見つめ、納得したように老眼鏡を外す。 「その人と似ています?」 「ああ・・・」老人はコーヒーミルに豆を入れ、ゆっくりハンドルを回し始める。砕けた豆をサイホンに移すと、アルコールランプに火を点ける。 「今日はブラジルだけども、いいかな?」 「いただ

砂絵 #42_58

 椎衣の強ばった表情を、彼らは横目で怪訝そうに眺める。椎衣は自転車のハンドルから左手を離すと肘で額の汗を拭う。海岸に目を向けながら、人影を見るたび椎衣は自転車を止める。    港街。椎衣は海岸道を引き返し街に入っていく。椎衣は自転車を降りると、街並を眩しそうに眺める。  喫茶店、その店の前で椎衣は看板を眺めている。そこには『純喫茶再会』とある。どこか懐かしく感じるのは何故だ。  椎衣は硝子窓から中を覗く。七輪の上の薬缶が湯気を立てている。椎衣は扉を開ける。 「ごめんくだ

砂絵 #41_57

「少し考えさせて」 「ああ。二三日うちに返事を聞かせてくれ」 ⌘二十 純喫茶再会  明け方、椎衣の家。ふやけた乾燥食を椎衣喉に流し込んでいる。食べ終わると椎衣は乾燥芋を鞄に詰込む。  玄関で靴を履きかけると、椎衣は玄関に落ちた紙切を拾う。そこには『人に会いに港へ行きます 須恵』と書いてある。椎衣は、その紙を握り締める。  バラック。椎衣は、梯子を伝って降りていく。  公共貸自転車場。椎衣は自転車置場に駆け込んで行く。自転車に乗った椎衣がゲートを通過するとブザーが鳴

砂絵 #40_56

「そうか」  食卓を見る砂絵。食卓には寿司の折り詰めが置かれている。 「どうしたの?ごちそうじゃない」 「大きな仕事が入ってな。前祝いさ」泰造は折り詰めを開け、割り箸を砂絵に渡す。 「どんな仕事なの?」 「来年、中国で科学博覧会があるんだ。そこに展示するオルゴールの技術指導を頼まれてな。急な話なんだ。来月から博覧会の終わるまでの一年契約になった」 「よかったじゃない。勿論、行くんでしょう?」 「ああ、返事はした。それで、おまえも一緒に行かないかと思って」 「何

砂絵 #39_55

 向かいのテーブルの男子学生が立ち上がり振り向く。散らばった印画紙を気のないように眺める。顔を上げ、砂絵と目が合う。  夕方、砂絵の自室。壁に貼った写真を剥がし、砂絵は一枚づつ破り捨てる。階段を上る足音が聞こえてくる。 「帰ってたか?」部屋の前の廊下から泰造の声。部屋の扉を開ける砂絵。 「模様替か?」泰造は砂絵の部屋を覗き込む。 「うん・・・。父さん、ちょっと酒臭いよ」 「話があるんだ。片づいたら降りておいで」苦笑いを浮かべる泰造。 「階段、気をつけて」