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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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#みんなでつくる夏アルバム

電脳病毒 #2_193

 あの時代の幕を引くかのように、火車は夕暮れの光の中へ溶け出していく。その行く先には朽ちた高層高楼。ビルディング群が朧気に霞んでいる。往時はウルトラモダン、超現代的な高楼にも、今はひとつとして明かりの灯った窓はない。  その燃え上がりながら小さくなっていく火車を見送りながら、劉は思い起こす。  軌道の両側にひしめく飲み屋街。橙色の明かりが灯り始める。劉は三無人員、不法滞在者が集う一軒の飲み屋に入る。昔どこかで聞いたことのある、偶像歌星、アイドル歌手の歌が流れている。その手の震

Dead Head #95_191

 幸緒は紙を半分に折って掌に置き、達筆に綴り始める。 『ヒロシのこと ありがとうございました』縦書きだ。 ボールペンを受け取り、紙をベンチに置き書き殴る。 『ヒロシは どうして 東京へ ふたたび?』横書きだ。  幸緒とのやりとりが暫し続く。 『信じられなくて 自分が捨てられたこと』 『ヒロシは 知ってたんですね 墜ちたのは 父親ではないと』 『ええ』ペンを置き、幸緒は静かに頷く。  俺も頷き返す。二人の書いた紙をまとめて破る。紙の小片を宙に飛ばす。それはすぐさま風に捕まり

Dead Head #94_190

 相部屋がヒロシの病室。ヒロシの頭は白い包帯に巻かれている。足にはギブスで固定されている。寝ているのか。目を閉じたままだ。  ベッドサイドの丸椅子。幸緒の丸まった背中。疲れて目を閉じているのか。幸緒の肩に軽く手を置く。幸緒はハッと目を覚まし、俺を見上げる。首を垂れ、軽く手を振る。布がはためくように、軽くたおやかに。俺は視線をヒロシに向ける。その視線を追って、幸緒は頷く。『大丈夫』とでもいうように。  涙が出る。何でだか、かわからない。ヒロシから預かった財布を幸緒に渡す。  

Dead Head #93_188-189

十四 生きてる・・・  夜行列車の対向座席、進行方向に向かって座っている。ここからは、信号も鈍く光る線路も見えない。去っていく墨色の時間を捉えることはできない。  幸緒のいる店の前に立つ。ドアに『しばらく、お休みにします』との張り紙。  翌朝、幸緒の実家へ。 「ごめんください」  玄関から老人が顔を見せる。 「あんたか。縁側に回ってくれ」そう言うと老人は家の中へ。  縁側に腰掛け、遠くの茶畑を眺める。あの夏の香りを懐かしむ。ヒロシとスイカを頬張ったその夏を。 「ヒロシのこと

Dead Head #92_188

「書評して欲しいわけじゃない。事実か否かを知りたい」 「事実?舞台は移動したということだ。確かなことは。公園は平穏に戻るだろう」 「平穏?知ってるか?食肉市場に運ばれていく豚達、何を思い鼻を鳴らしているか」 「何だって?」 「乗客の圧死率を実験していた鉄道会社」 「何を言いたい?」 「人知れず、物事は運ばれていく。そういうことさ」 「ふん」嫌気が差したように本屋は呟く。伝票を掴み立ち上がる。

Dead Head #91_187

「なぜ、そう思う?」本屋は苛立つように足を揺らす。 「後釜と、ちょっとした顔見知りでね。ヒロシの親父、寝返って逃げたんだろう。半島にある楽園に行くために」 「どうして、それがわかる?」 「ガタイのいい禿頭の中年男。俄《にわ》か荷役の男だが、誰だかわかった」 「誰だ?」 「親父だよ。ヒロシの」 「何故、そう思う?」 「ヒロシの部屋にあった写真立て。崩壊する前の家族三人の写真。そこに写っていた。かつらは被っていたが」 「それで?」 「地下銀行はどこかに移り、監視役のあんたはお役ご

Dead Head #90_186

「それで?」本屋は顎を手で触れようと・・・。いや、それを諦め俺の話を促す。 「地下銀行を監視していた大陸系の金融会社。そこのシャチョーと呼ばれてた中国人。警察とも関わりありって感じだ。肝心のヒロシの親父の件。上の階の地下銀行を監視するよう、シャチョーに雇われてた。だが、なぜ飛び降りた?飛び降りる前、商売女に携帯電話を処分させたのは何故か?処分たって、その女、ゴミ箱に放り込んだだけなんだ。捨てられた携帯電話に、二通電話が入っていた。ヒロシの親父、誰かと待ち合わせをしていたらしい

Dead Head #89_185

 本屋は暫く沈黙を保つ。落ち着かせようと、髪をなでる仕草を・・・。途中で手の動きを止める。よほど、長髪が気に入っていたのか。今はなき白髪混じりの薄汚いポニーテールが。 「言えるはずはない。何も。わかるだろう?」本屋は腰を浮かせる。 「じゃあ、俺の話、聞いて下さい。想像の話でよければ」 「いいだろう」本屋は腰を下ろす。 「そのシステムは公園周辺の人の出入りを監視していた。例のマンションも対象だった。マンションにあった地下銀行は金を集め送金し、半島から来るヤクも買い付けていたから

Dead Head #88_184

 本屋は目を見張り俺を見る。俺達は近くの喫茶店に移動し、そして話す。 「よく、見つけられたな」本屋は、今は切ってなくなった長髪を撫でるような仕草を。自分の顎を掴むように、冷静を保ちたいのか? 「本好きだけは偽装できないでしょう?この辺、うろついてたんですよ。あんたに、会えると思い」 「それで?」 「説明して欲しくてね。このところの、公園の些事について」 「些事?なんで俺が?」 「詳しいらしいと聞いて。些事に」 「誰が言った?」 「何たらいうシステムの実験、やってたんだっ

Dead Head #87_183

 何を解決しようとしている?探偵気取りで。  あのマンションへ足が向く。ヒロシの部屋ではない。その上の階、五階へ。地下銀行とやらを覗いてみようと。  新聞受けの隙間から、部屋の中を覗く。部屋の片隅に、畳まれた段ボール箱。そこに見覚えのあるラベル。あの獅子のマークが。  もう、公園には戻ることはない。俺も撤収する時間、潮時だ。消える前に、気がかりなところへ。 十三 人知れず物事は運ばれていく  この街をふらついて数日。お目当ては現れない。だが、ヒントは与えられる。電柱の張り紙

Dead Head #86_182

「下の部屋、子供も住んでたんだぜ」 「偽装だよ」 「偽装といっても・・・」 「話し過ぎたな。俺行くよ。お役ご免だし」ダボは階段を下りていく。  俺は背を向け、反対側の階段へ。本当の話なのだろうか。本屋といい、ダボといい。たまたま公園に集っただけなのか。陰謀趣味の男達が。  ある話を思い出す。六次の隔たり理論を。世界中のどんな人に辿り着くには、六人の知人を介すだけで済むという。その中にいる。俺も本屋もダボも、そしてヒロシも。  俺は何を知ろうと?それを誰に告げようとしている