マガジンのカバー画像

【短編選集】ここは、ご褒美の場所

313
どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
運営しているクリエイター

2022年10月の記事一覧

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #81_272

 歩くうち、夜が明けてくる。自分がどこにいるのか、劉には見当も付かない。そこは荒れた土地が延々と続く、見捨てられた場所。  陽が高くなる。熱気が蜃気楼のように立ち上る。劉は空腹を堪えながら、当て所もなく歩き続ける。やがて、力尽きて倒れるまで。    薫陶と蘭は施設を抜け出し、誰もいない市街地へ。 「もうすぐ俺の隠れ家だ」と、蘭。  蘭の後を追い、薫陶は路地を彷徨う。人気のない路地には、塵芥が吹き溜まっている。例のビラが至る所に貼られている。 「ここだ」路地裏で佇み、蘭は辺りを

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #80_271

「それに従ってるわけ?おとなしく」 「ああ、何せこの国のトップ、教祖様だからな。それを信じる親なんか、ありがたがって仕方がない。ガキの食い扶持、気にしなくても済むし。前の政府の一人っ子政策なんか、誰も守ってなかったからな。食いものをあてがうのも大変だった。今度は国が数多《あまた》のガキの面倒みてくれる。らしい」 「成功したのか・・・。革命は」 「どうせ、そのうちに倒れる。この国の倣《なら》いだ」 「倣い?」 「歴史は繰り返す。それで、逃げるだろう?お前も」 「ああ」薫陶は頷く

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #79_270

「揺頭丸《エクスタシー》でも海洛因《ヘロイン》、氷毒《メチルアンフェタミン》や可因《コカイン》でも。なけりゃ大麻だっていいぜ」と少年は続ける。 「持ってない!」 「そっちに降りてもいいか?寝てないだろう?」 「ああ」 「俺、蘭っていうんだ。よろしくな」薫陶の寝台の横。少年は腰を下ろす。 「うん」 「元気ないな。名は?」 「薫陶」 「どこから来た?」 「遠く。あんたは?」 「戒毒所《麻薬更正所》からさ。販毒《麻薬密売》で捕まった」 「ここは何処?」 「幼年学校さ」 「何だ、それ

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #78_269

 夕闇が迫っている。トラックは止まる気配もなく走り続ける。やがて、夜風が身にしみてくる。劉は気づく。無くしたのか盗られたのか、短上着《ジャケット》を着ていない。  月が真上に来ている。もう夜中だ。相乗り客は膝を抱えて眠り込んでいる。警備の兵士達も銃を抱きうつらうつらしている。トラックがカーブにさしかかり減速する。にわかに立ち上がり、劉は天蓋の骨組みの隙間から道路に身を投じる。  二段床の下。薫陶は眼を開けたままでいる。港で昏倒した劉から離され、薫陶はこの施設に。ここは少管所

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #77_268

狼狗《シェパード》を携えた一人の兵士が機槍《機関銃》を構えて立ちはだかる。 「立て」狼狗《シェパード》は唸り、兵士は銃先を二人に向ける。二人、ゆっくり立ち上がる。 「どこへ行くつもりだ?」兵士は劉の肩を銃先でこずく。  咄嗟に銃先を掴み、劉は兵士を押し倒しす。倒れた兵士は短銃を抜き、両手で劉に狙いをつける。劉は掴んだ銃先を離す。兵士は立ち上がり銃を拾うと、銃座で劉を殴りつけう。劉はその場に倒れ込み、意識が遠のいていく。狼狗《シェパード》の唸り声だけが耳に残る。  トラックの

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #76_267

「これから、どうしたら?僕も劉さんも徐からしたら敵だから」 「そうだな・・・」 「この国、出るしかない」 「どうやって?」 「当然、空港は閉鎖されている。港まで行くしかない。船を見つければ、漂流したって隣の国に辿り着ける」 「逞しいな」劉はニヤリと笑う。 「もう子供じゃないさ」  二人、路地裏に身を潜めながら港へ向かう。港へ通じる道路は全て鉄条網で封鎖されている。兵士が配置され、二人は路地裏から様子を窺う。 「無理そうだね」 「ああ」  二人、気が抜けたように道端にしゃがみ込

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #75_266

 至る所で自動車が放置され、家財道具の残骸が道に散らばっている。住民は何かに追われ逃げ惑ったようだ。倉儲超市《大規模スーパーマーケット》の壁面。弾痕の跡が残っている。高楼の壁には、至る所で赤い張り紙。 「見ろよ」劉は張り紙を外し薫陶と見入る。 「都市部の住人は、すべからく農村部へ移住すべし。従わない者は収容所に収監される。下放の始まりか。柬埔寨《カンボジア》、クメールルージュのやり口と同じだ」  地鳴り。覆帯《キャタピラ》の動く音が響いてくる。 「坦克《戦車》か?」  二人、

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #74_265

「ここは、もともと偽装だった。台式計算机はただのモックアップだし」 「ああ、一眼でわかった。型式が古過ぎた。何のためにこの会社を?」 「気功集団のトンネル会社の一つ。ただの三無企業《ペーパーカンパニー》だよ」 十三 流浪児童《浮浪児》  二人は外へ。辺りの倉庫街は静まり返っている。地鉄駅まで来るが、駅のシャッターは降りたままだ。 「人っ子一人いない」劉は衣兜《胸ポケット》の手機《携帯電話器》をまさぐる。 「強制疎開させられた」 「強制疎開?」 「都市の人口を減らすために。政

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #73_264

「いや、肝心の軍の網絡《ネットワーク》も掌握している。西欧諸国の高科技《ハイテク》軍隊の網絡《ネットワーク》も含めて」 「徐は魔法の国を創りたいんだ。それが古典劇をやってた奴の妄想だ。張り巡らされた 網絡《ネットワーク》という糸。それで操ろうと」 「そんな単純なことじゃない・・・」薫陶は膝を抱え項垂れる。  一週間後、地下室の扉の鎖が外れる。開いた扉の隙間、照明が部屋に差し込む。 「時間だ」 「うん」  二人は立ち上がり、扉の前に立つ。 「出よう」劉が勢いよく扉を開ける。扉の

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #72_263

「準備が整ったと、徐は言っていた。一体何の?」 「この国の網絡《ネットワーク》を掌握するのは手始め。その先は革命」 「革命?網絡《ネットワーク》を掌握したくらいで?」 「ここ数日中に何か起こる」 「とにかく、ここを出なくては」劉は立ち上がり、混擬土《コンクリート》ブロックの壁を探る。 「無駄だよ。僕たちは革命が終わるまでここを出られない」 「本気か?」 「一週間分の水と食糧はここにある」 「一週間・・・」 「扉の自動鎖《オートロック》、一週間後に自動解除される」「繋がらない」

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #71_262

「客戸の遙控《リモートコントロール》をする軟件《ソフトウエア》さ。劉さんに暗号で残したあの大学、ベータテストに使っていた」 「何千万台も電脳がある。この国や亜州だけでも。電脳病毒を蔓延させ、そんなものを運用する系統《システム》なんてものは存在しない」 「あるのさ、でかい系統《システム》が」 「どこに?」 「U自治区」 「あんな不毛な場所に?そんな大規模な系統《システム》、運用コストはどうする?」 「大口の出資者を募った」 「出資者?」 「政府から弾圧を受けている、あの気功集団

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #70_261

「あなたと議論するつもりはない。一緒に来てもらおう。会いたがってる者もいる」 「誰のことだ?」 「想像はついているだろう?のこのこ一人で来たわけだから」張と別の三人が劉を取り囲む。  車電房の地下。劉は連れ込まれる。混擬土《コンクリート》ブロックで囲われた小部屋に。そこは地鉄の備品庫だったらしい。埃を被った鉄道部品の残骸が置き去りにされている。  劉は眼を凝らす。部屋の隅で膝を抱えた人影。 「薫陶!」劉は近づき、薫陶の前にしゃがみ込む。 「劉さん・・・」 「大丈夫か?」 「劉

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #69_260

 劉は地鉄駅の近くへ。おもむろに手機《携帯電話》を取り出す。短縮番号を押しかけ、手を止める。魯に知らせようと・・・。 「奇遇ですね」徐が声を掛ける。 「徐、お前」 「見光死《会ってみたらがっかり》ってわけですね。あんた達と鬼ごっこするつもりはない。そんなことする必要はなくなった」 「どういうことだ?」 「整ったっていうことだよ。準備が」 「委員会に同行願おう」劉は徐の腕を掴む。 「いつから軍警になった?鍵盤《キーボード》を叩いたことしかないひ弱な奴が」徐は劉の手を払いのける。