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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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2022年1月の記事一覧

砂絵 #60_76-77

「今逝けば、特別手当の配給券が貰えるらしい。随分、足りないんだとさ。燃料が」久下はチラシを破り七輪の上にくべる。 「なんでこんな勧誘を?」 「やつらには権利があるからな」 「権利?」 「こんな何もなくなった世の中に生まれて、どうにか生きて行かなくちゃならないってことさ。あいつら、親に捨てられたんだ」 「それが人を殺す権利?」 「人を殺す?どういうことだ?」 「夕べ須恵が見たらしいんです。あの二人が女の人を。朱雨のことと、何か関係があるような気がして」 「

砂絵 #59_75-76

⌘二十六 生前給付特典  椎衣は窓の隅から喫茶店の中を覗き込んでいる。カウンターでカップを磨く久下の姿が見える。客の声は聞こえてこない。  椎衣はおずおずと店に入ると奥の席に目をやる。 「忘れ物かい?」 「いえ・・・」 「須恵さんたちは?」 「先に行きました」 「何か、あったのかね?」 「そこにいた二人?」椎衣は奥の席に目をやる。 「ケイとユウ?」久下も奥の席に目を向ける。 「知りあいですか?」 「この辺の悪ガキさ。こんなもの置いていった」久下

砂絵 #58_75

⁂二十五 破り捨てた写真  庭先で、砂絵は破り捨てた写真を焼いている。どこかすがすがしい気持ちになっていることが、自分でも不思議だ。忘れていいことをいつまでも懐かしんでいても、仕方がないことなのだと。  庭に深い穴を掘ると、砂絵は写真の燃えかすを掃き入れる。そこで黒い烏が卵を温めているかのように想像する。黒い燃えかすの中で烏が巣籠もりでもするわけはない。馬鹿げた想像に砂絵は口元を緩める。  足元に置いたカメラを、砂絵はその烏の巣の上にそっと置く。黒く鈍く光るカメラ。巣籠もりで

砂絵 #57_74

「うん」恵が呟く。 「かあちゃん、用事があるんだ。恵は、ばあちゃんと先に行ってね」  恵は寂しげにうなずく。 「どこへ?」不安げな須恵。 「先に行って。後から追いつくから。これを。この先の海岸道路に貸自転車場があるから、そこで自転車を借りて」椎衣は納税者カードを須恵に握らせる。 「でも・・・」 「いいから、早く行って。恵、ばあちゃんと先に行っててね」  恵の手を握る須恵。恵は須恵の手を解き椎衣に抱きつく。 「ばあちゃん、新しい歌教えてくれるよ。さあ、一緒に行

砂絵 #56_73

「お腹空いてる?」須恵は鞄から乾燥芋を取出し恵に渡す。恵は乾燥芋を鼻先に持っていくと不思議そうに眺める。 「食べたことなかったの?ばあちゃん作ったから、おいしいよ」  恵は頷くと乾燥芋をほおばり始める。 「恵が食べ終えたら、早く離れよう」 「どういうこと?」 「見たんだ。店にきた連中。人を殺した。若い娘だった」須恵は自分の耳に声が届くよう、いつの間にか大声になっている。 「人殺し?」恵が驚いて椎衣を見上げる。椎衣は恵の頭に手を置く。 「ああ」 「朱雨の死

砂絵 #55_72

「早く」須恵は落ち着きのなく言う。 「どうしたの?」 「どうやって来た?ここまで」椎衣は店先に停めた自転車を指差す。  須恵は自転車の荷篭に恵を乗せる。恵は目をこすってむずがる仕草をするが、まだ目が覚めていない。 「行こう」須恵は左手で自転車のハンドルを握り、右手で荷篭を支えながら自転車を押す。 「どういうこと?」椎衣は須恵の横顔に問う。 「黙って」  暫くして、須恵は公園に入り自転車を停める。荷篭の上で恵が背伸びをする。 「かあちゃん!」椎衣は恵を抱

砂絵 #54_7

「何とかなるよ・・・」須恵はおぼつかない声を発すると椎衣に頷く。 「須恵・・・。聞こえるの?」椎衣は唖然として須恵の顔を見つめる。  店の扉が開く音。 「いらっしゃい」入口に目を向ける久下。  二人の少年が奥の席にどかっと腰を降ろす。須恵は顔を反らす。 「出よう」須恵は椎衣の耳元に囁く。 「どうしたの?」 「あとで」須恵は恵を抱きそそくさと店を出る。 「どうかしたのかね?」久下は須恵の後ろ姿を目で追う。 「いえ・・・」席を立つ椎衣。 「じいさ

砂絵 #53_70

⌘二十四 孫娘  椎衣は喫茶店まで戻ると、恵を抱きかかえ店の扉を開ける。 「戻りました」その声に振り向く須恵。 「須恵!」椎衣は恵を抱え須恵に近づく。須恵は腕に抱かれた恵を見つめる。 「この子、恵っていうの。朱雨の娘。須恵の孫娘よ」椎衣は恵の顔を須恵に向ける。  須恵は両手を差し出し恵を抱き抱える。 「須恵、心配したんだよ」椎衣の言葉を聞いたか聞かずか、須恵は恵の寝顔を静かに見つめる。 「やあ、戻って来たね」久下がカウンターの奥から顔をだし、須恵に抱かれた恵の寝

砂絵 #52_69

 自転車の荷篭の中で眠る恵。ゆっくり自転車を押す椎衣。 「かあちゃん・・・」寝言を呟く恵。 「よしよし。新しいかあちゃんだけど、もう心配いらない」 ⁂二十三 OUT OF DATA  身体にセンサーを取りつけ、頭にゴーグル。木川田は仮想空間の中を注意深く見つめている。遊園地から植物園へ。視線の先の何かを追い求めるように、木川田は激しく首を振る。  ゴーグルの中、無人の仮想空間が流れるように通り過ぎる。『OUT OF DATA』。そのメッセージが唐突に点滅する。木川田

砂絵 #51_67

「この子が、こちらにお世話になっていると聞いて」恵の顔を覗き込む椎衣。恵は安心したように眠っている。 「朱雨さんは気の毒だった。信じられない」 「なぜ、朱雨は死んだんですか?」 「亭主の元へ、朱雨の喉仏の入った小箱と配給券が送られてきた。朱雨に何が起こったのか、知らされなかった」 「猿海さん、どうして、この子を預かることに?」 「海に出るから暫く預かってほしいと、亭主に頼まれた。他に身よりがないと。暫く、顔を見せてない」 「わたしが引き取ります。この恵を」椎衣は汗ば

砂絵 #51_67

 その場所を聞き老婆に礼を言うと、椎衣は自転車で走り出す。  診療所の前で自転車を止めると、庭で遊ぶ恵が椎衣を見る。 「かあちゃん!」恵は叫びながら椎衣に抱きつく。椎衣は恵を抱き上げる。 「かあちゃん、どこにいってたの?恵、寂しかったよ。恵、ずっと待ってたよ。かあちゃんが教えてくれた歌唄って」恵の顔には、涙が流れた跡が乾き白くなっている。椎衣は黙って頷く。 「朱雨さん・・・」扉が開き白髪の男が庭に出てくる。  椎衣は恵を抱きながらに近づく。 「猿海です」 「

砂絵 #50_66

「いえ・・・」椎衣は立ち止まる。 「そう、朱雨は死んだ」 「朱雨は・・・」椎衣はプールに浮いた姿を思い起こす。 「あんた、朱雨にそっくりだ。当然だな。それに二人とも、恵にそっくりだ」 「恵?」 「朱雨の娘だ。あんた方と同じように、わしがとりあげた」 「産婆さん?」 「ああ」 「その子は、どこに?」 「猿海先生、港の診療所におる」 「病気なんですか?」 「いや、朱雨の亭主が頼み込んでな」 「なぜ?」 「わしが預かればよかったんだが、如何せんこの歳じゃ自

砂絵 #49_6

「人は懐かしむことができるから、今があるんじゃないのか。写真を撮ることだって・・・」 「あの花火の写真。一瞬で消えていく光の粒を追いかけていく飛行船。今までのわたしだったんです」 「というと?」 「母の残していったカメラ、わたしが写真を始めたきっかけでした。サブリミナル、ですか?あれで母の姿を見た時、それ以来何かが違ってきた・・・」 「何かって?」       砂絵は答えずに静かに受話器を置く。 ⌘二十二 椎恵  椎衣は、自転車を押し通りを行く。あたりを見回し

砂絵 #48_64

「順調ですか?その後」 「まあ、一段落っていうところかな」 「そうですか」 「実は君の体験から、ある仕掛けを考えた。不謹慎かもしれないが」 「どういうことです?」 「遊園地、人気《ひとけ》がなくて寂しいって言ってただろう」 「ええ・・・」 「亡くした息子なんだ。息子はずっとあの遊園地に棲み続ける。子供のままの姿で永遠に」 「思い出をつくる場所を彷徨う、ということ」 「うん」 「観覧車のように一回転すると、ただ人は降りていくだけ。通り過ぎた風景。その照り返し