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未来思考スイッチ#10 「経営イノベーション」は複利の効果 -前編-

モノからコトへの価値転換。

戦後、日本は高度経済成長の波の乗り、物質的に豊かな社会を実現してきました。バブル経済の1980年代後半には「量から質」、「個の豊かさ」、「多様性」がすでに叫ばれるようになっていましたから、モノからコトへの価値転換は、最近始まった話ではありません。

この価値転換の本質について、私なりに一つの仮説を立ててみたいと思います。それは、「これまで価値だったものが、単なる手段に変わっていく。手段は限りなく安くなり(限界費用ゼロ)、競争力は新たな価値エリアに移る。」というものです。

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栄養を手に入れ、空腹を満たすために、昔は「買い物」そのものに価値がありました。1960年代、道路網が整備され、物資が全国に流通するようになるとスーパーマーケットが普及しました。どこでも食材が手に入るようになったので、「買い物」は価値から手段へと移り変わります。手段となった「買い物」は、より「美味しい食事」、「時短で便利な調理」など、次の価値へと展開していきました。

次にやってきたのは「美味しい食事」のコモディティ化です。「美味しい食事」という価値は当たり前になり、手段へ移り変わると、食事はまた別の価値を探し始めます。例えば、「大切な人との素敵な時間(プライスレス)」、「唯一無二の味を体験(ビンテージ)」、「健康志向/個人に配慮した食事(ヘルシー)」などです。

おそらく、これらの価値もいずれコモディティ化し、当たり前の「手段」になっていくでしょう。そして、これまでの流れに沿って、次の「価値」を求めるようになるでしょう。上図の上段を見てみると、モノからコトへ、価値が移り変わっていることがわかります。

加速する開発プロセス。

コト価値への転換は、「あらゆる開発のスピードを速めている」というのが私の実感です。商品開発には、フルモデルチェンジからマイナーチェンジまで、様々なレベルがありますので一概に言えませんが、わかりやすく説明するために、簡略化してまとめてみましょう。

例えば、自動車は4~5年、家電では2~3年など、モノの企画から開発、販売にはとても時間がかかります。一方、コトの開発、例えば人によるサービス、コンテンツ、イベントなど、これらは短期間で回していけるものが数多くあります。

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さらに複雑なのは、コトの開発スピードにモノ側が巻き込まれていくことです。モノ(ハード)にコト(ソフト・コンテンツ)が含まれると、商品は「早くにピークを迎え、早くに衰退を迎える」というサイクルに組み込まれてしまいます。逆に、高速回転のコト開発に、モノの企画者や開発者を巻き込むと、一気にスピードが落ちてしまいます。私も経験してきたハードメーカーの悩みです。

プロセスの順番が変わる。

モノからコトへの転換は、ビジネスの手順まで変えていきます。コトの価値に「あなただけ仕様」といった希少価値が組み合わさると、これは単純な量産品ではなく、カスタマイズ要素が加わった注文品になります。すると、従来の量産品は、商品を製造し、在庫し、販売して資金を回収していましたが、注文品は「先に代金を支払い、完成品が届くまで待つ」という順番に変わります。この順番の入れ替わりは、非常に重要です。なぜなら、資金繰りは楽になるし、在庫の手間もかからず、注文品のみ組み立てるため、効率性がものすごく高まるからです。

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プロセスが簡略化される。

さらに、オンライン販売において、商品の在庫から販売、配送、課金までの一連の業務を代行する「フルフィルメントサービス」というものが登場してきました。

過去、大手メーカーは商品の製造だけでなく、販売網が必要でしたから、店舗や販売員、倉庫などを自前で構えていました。液晶テレビが誕生した頃、某メーカーはこの新しいテレビが店頭に置いてもらえず、わざわざ自前でショウルームをつくりました。つまり、限られた店頭という場所は大変貴重で、なかなか商品を置いてもらえなかったのです。

それが今では、Amazonや楽天、MonotaROなどのEC事業大手が「フルフィルメントサービス」を提供してくれるおかげで、新興企業は市場参入しやすくなり、商品の企画・開発・製造に集中することができています。モノづくりから後の「商品販売」の障壁が一気に下がったのでした。

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このように、モノからコトへの価値転換は、商品の性格だけではなく、ビジネスのプロセスを変えるという大きな地殻変動を引き起こしているのです。

古い企業を悩ませる会社のしくみ。

組織の合理化について研究していたドイツの社会学者マックス・ウェーバー(1864~1920年)によると、理想の組織とは以下の特徴があると言います。

 ・組織のあらゆるメンバーに関して、業務範囲と責任範囲が
  明確に規定されている
 ・ポジションは階層型に構成され、権限の序列が築かれている
 ・メンバーは専門能力または学歴によって、ポジションに専任される
 ・組織のすべての人間が、各自の職務に関連した厳しいルールと
  管理に縛られている。ルールは客観的で、一律に適用される。

これは100年以上前の提案です。なんだかドキッとしませんか。20世紀に成長してきた企業は、まさにこの管理法を是として、経営を進めてきたと言ってもいいでしょう。他のコラムで「家事の合理化は、社会分業とともに100年前に始まった」と述べましたが、原理は全く同じです。効率化を追求するために、企業内にも、社会にも、分業制を推奨してきたのが過去の100年だったのです。

皆さんは、20年ほど前に発売された動物フィギュアの入った卵型チョコレートをご存知でしょうか。精巧に作られた動物たちは、丁寧に着色され、動物の目には光が入り、まるで生きているようなリアリティがありました。「一人の職人がこんなにも丁寧に、しかも安価で大量にフィギュアを作るなんて、すごいことだ!」と私は驚いていたのですが、噂で聞いたところ、一人の職人が一体を作るのではなく、眼だけ塗る人、口だけ塗る人、羽だけ塗る人など、専門領域で分けられているそうなのです。中国の工場で生産される方式は、まさに分業制そのものでした。

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分業化により、細部の品質は格段に上がったことでしょう。しかし、一人ひとりが商品全体を見ていたかというとそうではない可能性があります。「自分の作業はわかるけど、どんな商品を作っているのかわからなくなる。」

今、大きな企業で起こっているのは、こんな分業による弊害ではないでしょうか。100年前に推奨された合理化のしくみが、私たちの足かせになっていると思いませんか。

個人の意識改革、コンフォートゾーンを書き換えよ。

これらの問題は、デザイン経営などの議論ではたびたび出てくるポイントです。「越境型組織が必要だ」とか、「技術やデザイン、ビジネスの混成チームを作ろう」などは、モノからコトへ価値が移り、より高速に商品・サービスを開発していきたい、そのために管理パラダイムを変えたいという課題が含まれています。

但し、経営者が今のしくみや環境を変えたいと思っても、従業員は古い慣習に慣れ切ってしまっているため、うまくいきません。往々にして、分業制がコンフォートゾーンになっている人が多いためです。

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『未来思考』で考えれば、経営者が描く未来と、従業員の自分のありたい姿が一致していかなければ、理想の姿に向かって行動変容は起きないのです。

(→未来思考スイッチ#11 「経営イノベーション」 -後編- に続く)

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