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無数の主体間で循環する経済社会:坂本龍一さん×福岡伸一さん「音楽と生命」を読んで

書くときに言葉(=ロゴス)について思うこと

“坂本教授”と“福岡ハカセ”、大好きなお二人による対談。本屋で見かけて思わず買い、一気に読んでしまいました。お二人ともニューヨークを拠点にしていて、長年親交を深められていたとは知りませんでした。

全体を通して「ロゴス(論理)とピシュス(自然)の対立をどう乗り越えるか」というテーマに貫かれています。近代科学に代表されるような、ロゴスの発展によって私たちは恩恵を受けているけれど、反面ピシュスとの乖離が大きくなり、ひずみも生まれているのではないか。そもそも、どんなに客観性を追求しても、脳の持つ認識の条件からは逃れられないのではないか。音楽と生命科学、分野は違うけれど、深いところで関心や問題意識を共有されています。

私もささやかな文章を書くときに、いつも言葉(=ロゴス)は対象を一面的にしか記述できないことを感じます。書けば書くほど、こういうふうに切り取ることもできる、こちらに焦点を当てるとこうなる、ということは言えるけれど、全体のエネルギーをそのまま写し取ることはできない。

できるのは、読んでくださる方がそこから元々のエネルギーを感じ取ったり、それをきっかけにご自身でエネルギーを構築したりするきっかけにしていただけたら、と願って書くことだけです。

その反面、ロゴスは物事をわかりやすくして、人と人の認識をつなぎ、あるいは「共通了解」を作る土台として、役に立てるかも知れないとも思います。その意味で、私は「言葉の力」を信じています。

なるべく対象に全体性があることを意識し、わかりやすく、同時に全体性が浮かび上がるようなものを書きたいといつも願っています。ひとかたまりの綿花から一本の糸を紡ぎ出すように。願わくはその一本の糸から美しい布が生まれますようにと。

相互作用する二体、複数間で作用し合うN体

ロゴス(相互作用する二体)は敵・味方を生み、誰もが利己的になりやすいけれど、ピシュス(たくさんのものが相互作用し合う三体あるいはN体:多数や無数の要素)の中では、生命は本来利他的であるという指摘も興味深いです。

自分自身について振り返ってみても、常に二体的な世界観とN体的な世界観の間で揺れ動いて生きてきたように思います。

子供の頃から今まで、「誰か」との比較の中で「自分」を認識し、少しでも自分を向上させていけるように努めるという考え方から解放されたことはないと思います。そのことが自分なりの努力を促し、成長させてくれた面もあります。

その一方で、特に年齢を重ねるにつれて、いろんな人間関係やコミュニティ、広い意味での社会など、いわば疑似的な「生態系」の中に自分が生かされているという感覚の方が、一個人としての幸福感をもたらしてくれるようになりました。

最近、ドラッカーを一緒に学んでいる友人が教えてくれたのですが、人間とは確固たる実態としての自分があるというよりも、いろんな関係性の中での価値認識の集合体である、という捉え方もできるそうです。

自分を取り巻く多面的な関係性の中で、いろんな自分を認識し、その総体としての自分というものが浮かび上がってくる。新しい出会いがあれば、全く知らなかった自分を認識することもあるし、何らかのきっかけで総体のバランスが変化することもある。自分とは、自然と同じように、常に揺れ動く関係性の中で形づくられ続ける存在である。そういう感覚はとても理解できる気がします。

N体間で循環する経済社会、という捉え方

二体かN体かというのは、私たちが生きている経済社会の捉え方としても応用できるかも知れません。

日々、何かのモノやサービスを取引する時には、直感的に「売り手」と「書い手」という二体を想定します。これはとても便利な枠組みです。その一方で、そこだけに目がいってしまうと、どうしても損得という感覚が入ってきたり、価格以外の側面が見えづらくなりそうになります。

でも、一歩引いて、経済社会という大きな生態系の中で、N体が通貨を媒介として価値を循環し合っており、誰もがその中の一員として生きていると考えれば、また別の見方ができます。

私は自分が何かを買う際に、売り手にありがとうと言えるとき(逆も然り)、売り手と買い手という立場を超えて、友人や仲間のような温かい関係を作れるとき、あるいは、私には一生かかってもできないような、その人の思いや努力や経験の詰まったものを、お金を払うことと交換で提供していただいているんだなと思う時、幸せな気持ちになれます。

そしてその売り手が提供してくれるものも、また他の誰かとやりとりしたことから生まれていると考えれば、私たちもまた、自然と同じように、限りなく循環する存在であると捉えることができます。

ロゴスを生かしつつ、ピシュスとのバランスを取ることを目指す、という考え方に共感します。この本に出会えて良かったです。


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