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電池という新たな戦場

次の地政学的な争点は、グリーン・テクノロジーをめぐるものになるだろう。中国は現在、サプライチェーンを掌握する構えを見せている。

米国は他の多くの国と同じように、クリーンエネルギー革命を目指し、化石燃料からの転換を推進するため、EV(電気自動車)の製造や再生可能エネルギーへの投資を拡大している。

しかしこの産業は、すでに別の大国によって掌握されている。中国だ。リチウムイオン電池は、電気自動車からスマートフォンに至るまで、あらゆる製品に不可欠なものだが、中国政府は数十年来の努力の結果、そのサプライチェーンを大きく支配しているのだ。地政学的緊張が高まる中、リチウムイオン電池とその主要金属における中国の優位性が、米中間でさらに苛烈な火種となっている。

世界銀行の元エネルギー専門家で、現在コロラド鉱山大学ペイン研究所長を務めるモーガン・バジリアン(Morgan Bazilian)氏は、「中国は、これら重要鉱物のほとんどすべてのサプライチェーンにおいて支配的なプレーヤーだ」と述べる。

リチウムイオン電池は、リチウム、ニッケル、コバルト、マンガンなどの重要な鉱物で構成される。化石燃料からよりクリーンな代替エネルギーへの転換を図る上で、相当量のエネルギーを蓄えることのできるリチウムイオン電池は不可欠だ。ピーターソン国際経済研究所シニアフェローのカレン・ヘンドリックス(Cullin Hendrix)氏は、「エネルギーと輸送システムの脱炭素化に向けた本格的な動きには、電池容量の大幅な増加が必要だ」と指摘する。

EV需要が急増する中で、各国は、リチウムイオン電池に必要な資源を地中から掘り起こそうと躍起になってる。

国際エネルギー機関(IEA)によると、2021年の世界のEV販売台数は前年から2倍に増えた。この爆発的な増加を牽引しているのが主として中国だ。中国の新車販売台数の約4分の1がEVまたはハイブリッド車だ。

リチウムイオン電池は、今後数十年にわたるエネルギー転換の中で、その原動力として、今後さらに重要性を増していくと考えられる。世界銀行の予測では、クリーンエネルギー技術の供給に向けて、2050年までに数十億トンの鉱物が必要になるという。
       (参考)IEA:クリーンエネルギーへの移行における重要鉱物の役割

リチウムイオン電池の原料の大部分は、ごく少数の鉱物資源国にしか存在しない。例えばニッケルは、インドネシアが世界のニッケルの37%を生産する。「ホワイトゴールド(白いダイヤ)」とも呼ばれるリチウムは、オーストラリア(55%)と南米の「リチウム・トライアングル」(アルゼンチン北西部、チリ北東部、ボリビア南西部の国境に位置する地域)が主な供給源だ。世界のコバルトの71%はコンゴ民主共和国から産出されるが、この国の鉱業は児童労働などの人権侵害が報告されており、その産業の裏側は汚い。電池の主要部品である黒鉛(グラファイト)の採掘は、圧倒的に中国(82%)が多い。

鉱石はひとたび掘り出されると精錬・加工が必要となる。この領域でも中国が圧倒的な強さを見せている。「中国は、様々な鉱物を加工する世界の鋳物工場になっている」とヘンドリックス氏は言う。

■バッテリー生産で他国を凌駕する中国(中国のシェア) 
             (数値はフォーリンポリシーのサイトより)
<原料加工(Material Processing)>
 リチウム(中国シェア58%)、ニッケル(中国シェア35%)、コバルト(中国シェア65%)、黒鉛(中国シェア71%)
<セル部品(Cell Components)>
 カソード(中国シェア68%)、アノード(中国シェア84%)
<バッテリーセル(Battery Cells)>
 中国シェア77%
<EV生産>
 中国シェア54% 
  (出典:IEA, World Energy Outlook 2022) 

これは、中国政府が数十年をかけて自国産業の発展のために意図的に行ってきた努力の成果だ、とバジリアン氏は言う。「中国は、エネルギーと自国防衛の未来を見据え、鉱物や金属が大きな役割を果たすと判断して、原材料、加工、バッテリー製造のサプライチェーン全体に投資を開始した。決して一夜にしてこうなったわけではない。」

中国との緊張が高まる中で、中国政府が地政学的な目的のためにその影響力を利用するのではないかという懸念も高まっている。特に最近では、ロシアが欧州への天然ガス供給を制限しており、政敵に対して過度に経済的依存をすることの危険性が明らかになった。戦略国際問題研究所(CSIS)のエネルギー安全保障専門家のジェーン・ナカノ(Jane Nakano)氏は、「サプライチェーンの多様化することの重要性をあらためて認識させられた」という。

中国が重要な役割を担っているのは、バッテリーのサプライチェーンだけではない。IEAによれば、風力発電やソーラーパネルなどのクリーンエネルギー技術の分野でも、中国の製造・貿易能力は世界の大半を凌駕する。

■クリーンエネルギー技術分野の製造で他国を凌駕する中国 
             (数値はフォーリンポリシーのサイトより)
<太陽光発電(Photovoltaics)>
 ウェハ:355,100GW(中国シェア 96.79%)
 セル:348,600GW(中国シェア 85.21%)
 モジュール:344,319GW(中国シェア 74.72%)
<洋上風力(Offshore Wind)>
 ブレード:20,826GW(中国シェア 83.91%)
 ナセル:19,026GW(中国シェア 72.55%)
 タワー:9,560GW(中国シェア 53.5%)
<陸上風力(Onshore Wind)>
 ブレード:59,676GW(中国シェア 60%)
 ナセル:61,666GW(中国シェア 61.7%)
 タワー:48,000GW(中国シェア 54.43%)
<バッテリー電気自動車(Battery Electric Vehicles)>
 電気自動車:367万台(中国シェア 60%)
 バッテリー:685.1GWh(中国シェア 76.22%)
 アノード:0.7 トン(中国シェア 86.42%)
 カソード:0.95 トン(中国シェア 69.34%)
<ヒートポンプ(Heat Pumps)>
 ヒートポンプ:46.61GW(中国シェア 38.8%)
<電解槽 (Electrolysers)>
 電解槽:4.4GW(中国シェア 40.85%)
  (出典:IEA, Energy Technology Perspectives  2023) 

新アメリカ安全保障センターでテクノロジーと国家安全保障を研究するサム・ハウエル(Sam Howell)氏は、「中国はこの産業での優位性を確実に理解しており、いつでもスイッチを切り替えることができる」と言う。「恐いのは、米国には単純かつ短期的な解決策がないことだ。」

しかし、戦略国際問題研究所のイラリア・マゾッコ(Ilaria Mazzocco)上級研究員は、中国政府が関与しているというだけで、電池の生産における中国の優位性を国家安全保障上の脅威と見なすことには注意が必要だという。大量破壊兵器に使われる可能性を持つ半導体チップとは異なり、クリーンテクノロジーに使われる電池には、国家安全保障上の意味はない、と言うのが彼女の考えだ。

「クリーンエネルギー技術には過剰な安全保障がある。今は、すべてが国家安全保障になる時代だ。国家安全保障のためではなく、経済や気候変動に関連した理由で、クリーンエネルギー産業の開発にインセンティブを与えることが重要だ」と」とマゾッコ氏は言う。

一方、バイデン政権は、バッテリー製造への投資を拡大し、バッテリー業界に何十億ドルもの資金を注入することで、2030年には新車販売の半分をEVにすると公約している。中国のサプライチェーンに大きな影響を与えるには数十年かかると思われるものの、専門家らは、世界はまだエネルギー転換の初期段階にあり、多くの国が長期的な視点で取り組んでいると強調する。

「中国が先行しているが、まだ我々はクリーンエネルギーへの移行の初期段階だ。中国を勝者と呼べるかどうかはまだわからない」とBloombergNEFのクァーシ・アンポフォ(Kwasi Ampofo)金属・鉱業部長は言う。

(参照元) https://foreignpolicy.com/2023/01/25/battery-energy-transition-geopolitics-china-electric-vehicles/

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