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インボイス制度がもたらすもの(その3)

先週は一週間ほどお休みをいただいて(仕事の引き継ぎをほぼ終えた今は、そもそも半分お休みの状態ではあるのですが、笑)、恒例のHawai'iで夏休みを過ごしました。常夏のイメージのあるHawai'iですが、実際には日陰では意外に快適で、日本の猛暑よりは遥かに過ごしやすかったです。ただ、昨年も実感した物価高と円安の組合せはさらに強烈で、その観点は過ごしやすいとはいえませんでした、苦笑。

さて少し間が空いてしまいましたが、税理士の先生方との議論を通じ見えてきたこと、インボイス制度が何をもたらすのかについての前々回前回からの続き(3回目/全3回)です。

インボイス制度がもたらすもの

前々回は、これまでの法人税ファースト、すなわち、まず法人税ありき/消費税はついで、ではなく、まず消費税ありき/もちろん法人税も、となる消費税ファーストへと考えを変えるべきなのではないかとお話ししました。さらに前回は、帳簿ファーストから証憑ファーストに転換していかなければならない、ただしそれは会計ソフトにとっても会計事務所にとっても大きなチャレンジになるとお話ししました。一方で、それは事業者にとっては良いことだとも。

3. 帳簿付けの効率化から業務全体の効率化へ

帳簿ファーストの世界では、帳簿をいかに正確に、効率的に付けるかが最重要でした。そのためにこの10年ほどで普及してきたのが、銀行口座の明細やクレジットカードの利用明細を取り込んで帳簿を付けるという方法。弥生もスマート取引取込という機能を提供しています。これは、帳簿ファーストの世界で、帳簿をいかに正確に、効率的に付けるかという観点では正解でした。しかしこれは証憑ファーストの世界では不正解になります。なぜならば、銀行口座の明細も、クレジットカードの利用明細も、適格請求書等にはなり得ないからです。銀行口座もクレジットカードも本来はあくまでも決済の手段。決済の対象はあくまでも総額であって、消費税の概念は持っていません。これに対し、適格請求書等には、その目的から当然の如く、税率、税率ごとの対象額、税率ごとの税額が求められます。これらは決済手段である銀行口座の明細にも、クレジットカードの利用明細にも存在しない情報です。

銀行口座の明細やクレジットカードの利用明細の取り込みには、実は既に少し前、軽減税率が導入された時点から限界が見えていました。例えば10,000円のクレジットカードの利用があったとして、単一税率の時代は、本体9,260円に消費税740円(税率8%)という推定が基本的に成り立った訳ですが、複数税率になると、本体9,091円に消費税909円(税率10%)なのか、本体9,260円に消費税740円(税率軽減8%)なのか、はたまた10%分と軽減8%分が合わさって合計税込10,000円となっているのかは、クレジットカードの利用明細では判断ができません。

インボイスは、「売手が買手に対して、正確な適用税率や消費税額等を伝えるもの」ですから、このような問題は発生しません。インボイスには正確な税率や消費税額の情報が必ず含まれています(逆に言えば、含まれていなければインボイスになり得ません)。

もっとも、法人税ファーストから消費税ファーストの時代に、そして帳簿ファーストから証憑ファーストの時代になるからといって、全てを紙で処理するという原始時代に戻ることは現実的ではありません。APIを経由して銀行口座の明細を取り込み、効率的に帳簿を付けられていた時代から、紙のインボイスを一枚一枚目で確認して、手で入力して、という時代に逆行することはあり得ないと考えています。

だからこそ、デジタルインボイスを日本社会全体として当たり前のように活用しなければならないと考えています。インボイスをデジタルで発行し、受取り、保存する。しかしそれだけではデジタルインボイスのメリットとしては十分ではありません。デジタルインボイスは、デジタルデータとして後続業務の自動化・効率化を実現してこそ本当のメリットが生まれます。受け取ったデジタルインボイスを手で入力することはなく、システムが自動的に仕訳を計上する。そして、そのデジタルデータがDI-ZEDIとも連携し、買い手の支払処理や売り手の入金消込処理に反映され、これらの業務も効率化される。デジタルインボイスを中心に据えることで、帳簿付けの効率化という会計業務だけの効率化にとどまることなく、業務全体の効率化が実現できるようになります。

問題は時間軸です。インボイス制度が導入されるのはこの10月。ではこの10月から銀行口座の明細やクレジットカードの利用明細の取り込みをやめられるかというと、それはなかなか現実的ではないでしょう。もうそれを前提として業務が組み上げられているものを、いきなりなかったことにはできません。現実問題として(なお、これは完全に私見です)、この10月からいきなり、中小企業に税務調査が入った際に、銀行口座の明細やクレジットカードの利用明細の取り込みによって、仕入税額控除が全面的に否認されることは考えにくいでしょう。もちろん、整理整頓はできておらず、場合によってないものがあったとしても、領収書、請求書(場合によって納品書)を何らかの形で残しておくことは大前提になります。

一般的に法令が中小企業にまで厳格に適用されるようになるには3年ほどかかると言われています。3年程度の「お目こぼし」期間は(何ら保証はされていませんが)期待できます。その間に、本当の意味で帳簿ファーストから証憑ファーストに移行できるか、そのために銀行口座の明細やクレジットカードの利用明細の取り込みからデジタルインボイスに移行できるか。

ただ、例えば、東京電力の、NTTの、そしてAmazon.co.jpからの請求がデジタルインボイスとして当たり前のように発行されるようになったらどうでしょう。もはや銀行口座の明細やクレジットカードの利用明細に依存する必要は無くなっていくはずです。これから先2〜3年で、日本社会全体としてデジタルインボイスを当たり前のものとしていく。

デジタルインボイスが当たり前のものとなった世界では、新たな付加価値が生まれることも期待されます。例えば、発行したデジタルインボイスをデジタルデータとして金融機関に共有すれば、これに基づいて金融機関がリアルタイムで与信判断し、融資が実行される。事業者の共通の悩みである資金回収のサイクルを早めることができ、事業の効率化も可能になるはずです。

2023年10月から始まるインボイス制度は、請求書の記載事項が変わるというだけではなく、実は流れにおける大きな変化点です。その本当の意味を理解し、法人税ファーストから消費税ファーストへ、帳簿ファーストから証憑ファーストへ、そして帳簿付けの効率化から業務全体の効率化へ考え方を変えることができれば、日本社会全体がデジタルを中心として圧倒的に効率化する大きなチャンスになるはずです。

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