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#1 人間交差点

ここは巨大なスクランブル 今まさに信号は赤からブルー
無数の他人同士が並ぶ この場この瞬間 何を学ぶ?

――RHYMESTER「人間交差点」より抜粋

数年前、私は新卒で入った会社の入社前のオリエンテーション、すなわち初めてこれから一緒に働くメンバーとの顔合わせの日、声が出なかった。前日から喉がなぜかやられてしまい、押し殺しているような小さい声で囁くことでしか話すことができなかったのだ。

その日、他の新卒の前で一人ずつ自己紹介をしなければならなかったのだけど、私は声が出なかったから人事が私に代わって私の紹介をすることになった。私が小さい声で囁いたことを大きい声で言ってくれるのかと思っていたら、勝手に私が面接で話した自分のひととなりについて誇張して話された。個人的にあまり広めたくなかった内容も入っていたので、とても恥ずかしかった。

他己紹介が恥ずかしすぎたのと、そもそも声が出ず自分から話を切り出すことができなかったせいで、その後の懇親会ではほとんど会話に入っていけなかった。何人かの子が気を遣って私の声を代弁してくれたり、話しかけてくれたけれどとてももどかしかった。初日にほとんど発言ができなかった私は、声が治ってからもすでにできつつあった輪に突然大きな声で入っていくことも叶わず、「おとなしい子」のレッテルが貼られてしまった。「別に友達を作りに来ているわけじゃないし」と自分に言い聞かせていたものの、同期になかなかなじめないことに焦りを感じていた。

そんなわけで、その年の夏、同期の数人から野外フェスに行かないかと誘われたときは挽回のチャンスだ!と思った。フェスに行くにあたって、主要なアーティストの曲は聴いてくるようにと言われ、何人かのアーティストの楽曲が入ったUSBを渡された。ただ、私は「これをやっておけ」と言われると、よっぽど仕事上の義務などではない限り、自分が興味を持っていないことについて命令をされると面倒くさくなってしまう。結果、私はUSBの曲をウォークマンに入れ、たまたまその曲がシャッフルでかかった時に気が向いたら聴く、という聴き方しかしなかった。結果、フェス当日の時点でUSBに入っていた曲の半分くらいしか聴けていなかった。また、私は一度冒頭を聞いて自分の心に引っかかる部分がなければすぐに曲を消してしまう(そのため、たくさんの名曲を消してしまっているかもしれないが)ので、フェスが終わってからは大半の曲はすぐに消してしまった。その中で唯一残して今でも聞いているのがRHYMESTERの「人間交差点」だ。当時はキャッチーだからという理由で残していただけだったけれど、今改めて聴くとぐっとくるものがある。フェスは楽しかったけれど、同期との絆が深まったと感じたわけでもない結果で終わった。

それから数年が経った今、一部同期の中で「友人」と呼べる人もできた。社会人になってから新たに年齢も性別も国籍も異なる友人も何人かできた。一方で私が入社当初、打ち解けることにあれほど必死だった同期の半分くらいが転職していなくなった。また、「一生友達だよ」と誓い合ったはずの中学・高校・大学時代の友人たちもほんの一握りを残してすっかり疎遠になってしまった。私が結婚してから、あるいは出産してから、あからさまなくらいスパッと連絡が来なくなった人もいる。あんなに「嫌われたらおしまい」「一生友達でいるんだ」と決めていたはずの数々の同期、クラスメイト、友人たちが、「人間交差点」の言葉の通り、私の人生の交差点を通りすぎていった。

けれど、昔と変わらずに留まり続けてくれている人もいるということも事実だ。留まり続けている人の中には、昔はさほど仲良くなかったけれど大人になってからひょんなきっかけで親しくなった人も少なくない。そんなものなのだろう。だからこそ、一つ確かに言えることはこれだ:刻一刻と入れ替わる自分の交差点において、新しく来る者は拒まず、去るものは追わず、今交差点に留まっている人々を大切にすることだ。

◆本日引用した曲
RHYMESTER 「人間交差点」

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