見出し画像

ステラの事件簿10《雨の匂いは 3》

●登場人物
 ・宝城愛未(まなみ)…欧林功学園の人気教師。ある冤罪を着せられる。
 ・大林星(すてら)…学園中等部2年の本作主人公。事件の解明に奔走。
 ・美見田静…学園中等部3年、園芸部。裏庭の花壇について、とある秘密を持っているらしい。
 ・島原太東(たいとう)…学園OBで、学園システムのエンジニア。
 ・中沢慶次(けいじ)…学園用務員。不審な女生徒について星に話す。
 ・向田海(かい)…学園高等部2年で映像研究会会長。星の友人の兄。
●前回までのあらすじ
 地域では有名な中高一貫校、欧林功学園で男子生徒の体操着が盗まれる事件が起きてから1か月。星(すてら)は独りぼっちで下校中、大量の体操着が入ったスポーツバッグを発見する。
 そのバッグの持ち主は人気教師の愛未で、彼女の元には、身に覚えのない彼女自身の犯行現場の映像が送り付けられていた。星は困惑しながらも、愛未を信じたい気持ちで事件の調査と、真犯人の究明を開始する。
 いつ、愛未が窃盗事件の犯人として逮捕されるかわからない中、新たな「愛未の犯行映像」が送り付けられ……星はその現場に不審な女生徒がいたことを突き止めるも、彼もまた、身に覚えのない行動を撮った映像を、犯人から送りつけられていた。
 そんな中、犯人からのメッセージにより学園の裏庭を雨から守ることになった2人だか、星が出会った美見田静という少女が、裏庭に関する何かを知っているようでーー

「死体が埋まっている……?」
 まだ朝にも関わらず晴れ間の見えない曇り空の下、星は驚きに目を見開いた。その原因となった少女、美見田静は無言のまま頷く。ここまで星を連れてきた時の元気の良さを忘れてきてしまったかのような雰囲気を漂わせていた。
「大声。温室に人いるから。それに、まだ本当かどうかわからない」
「あ、ごめんなさい……」
「本当に裏庭の花壇の土いじったの?」
「はい……すみません、事情は話せないんですが、先生の許可はとっていて」
 静は深々とため息をついた。申し訳無さそうな態度の星に微笑んで見せると、咎めているわけではないことを話した上で、本当に何も見ていないのかを再度尋ねた。
「噂では、白い手が出てたとか、無念そうな目がこっちを覗いてたとか、そんな話があるんだけど……」
「そ、そんな……! なんにもないです。死体どころか、全然、変わったところなんてなくて」
 実際、星はその花壇にビニールシートをかけて、杭で固定しただけである。土をまじまじと観察すらしてないし、ましてや掘り返すなんて考えもしない。そんなふうに星が伝えると、静はなんだか自分が1番ほっとしたかのように破顔し、「だよね」とひとこと呟いた。星はそこで、彼女が「死体が埋まっている」という噂話を真に受けていて、事実でないことを星に確認したかったのだということに気づいた。
「あの、大丈夫です。僕も先生も、あの花壇におかしなところは感じませんでしたし。それにあの花壇は去年新しくできたものですから、死体が埋まってるとしたら旧校舎か、記念碑のある小山の方──」
「ストップ! 言わないでいいからそういうの!」
「ご、ごめんなさい」
「とにかく何もないならいいの。変な噂が立ってから、園芸部の先輩達みんなピリピリしてて……」
 それで、最初に星が会った園芸部の人は機嫌が悪そうだったのだ。温室の中で何やら話し合っていたのも、きっとこの問題についてだったのだろう。
「でも、なんでそんな噂が」と、星は気になったことを口にした。奇妙な話だ。確かにここは噂好きの若い学生たちが通う学園で、七不思議やら都市伝説やら武勇伝やらの話は絶えない。けれど、国内有数の私立である欧林功学園に通う人間が、無根拠に事件性のあるような噂をするだろうか。どうやら園芸部ではそれなりに深刻に捉えられているようなところを見ると、もしかするとどこか心当たりでもあるのではないか……星は、自分が不可解な事件に巻き込まれている真っ最中だからか、この噂についてもそんなふうに穿って考えてしまっていた。
「分からないけど、先輩達は絶対にあの花壇に近づかないようにって、下級生にキツく言い聞かせてて……」
「いつ頃からですか?」
「えっと、確か一週間くらい前だったかな」
「一週間前……」
 星と、愛未先生への脅迫が本格化したのもちょうどそのくらいである。偶然と断ずることもできるが、こうして接点ができた以上、星にはそれだけとは思えなくなっていた。
「僕、花壇に触っちゃってるんですけど、大丈夫ですか?」
「でも、道具を借りに来た時に理由は伝えたんだよね」
「はい、貸し出し申請書も書きましたし」
「ならいいと思う……あんなに言ってた先輩達が許可してるんなら」
「そうですか」
 とは言ったものの、それならばかえって腑に落ちない。死体が埋まっていいるなどといううわさ話を真に受けたにもかかわらず、おそらく学園側に報告している様子もない。それでいて、園芸部の下級生には触らせないまま、部外者に対しては無防備だ。行動がちぐはぐすぎて、園芸部の上級生たちがどうしたいのかがよく分からなかった。星が、このおかしな話に答えを見つけ出そうとしていると、ふと右手にぬくもりが訪れた。
「ね、温室は入れないし、ここ寒いから校舎いこ」
「えっ、でも」
「あー、そっか、もう授業始まっちゃうし……じゃあ、放課後で!」
「放課後ですか?」
「私もさ、ちょっと気になることあるから。星君頭良さそうだし、相談させてよ」
「そ、それはいいですけど……」
 星は、静かの押しの強いお願いに、思わず頷いてしまった。その後すぐ、放課後も愛未先生に諸々報告し、これからのことを相談しなければならないと気づくのだが、それはもう遅かった。
「よし、じゃあ今日は一緒に帰ろう! 私の家この近くなんだ、招待します!」
「い、家……!? ち、ちょっと待ってください、いきなりそんな、あの!」
「そういうことで、じゃあね!」
 驚く星をよそに、静は笑顔で去っていく。悩みを共有できる相手ができて、テンションが上っているようだった。友達がいない星は、この距離感に困惑したまま、なし崩し的に彼女の提案を否定することができなかった。
「ど、どうしよう……」
 星はこの後、愛未先生にどう話をしようか迷いながら、仕方なく静とは反対方向、花壇の方へ向かって歩き出した。ちらりと温室に目をやれば、やはりこの時間だというのに園芸部の数名が、何やら作業をしていた。
「……あれ?」
 曇りガラスでシルエットしか分からない中で、ふと、その部員の1人が、何やら人のようなものを抱えているように見えて、星は背中に冷たいものが通るのを感じた。

※このテーマに関する、ご意見・ご感想はなんなりとどうぞ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?