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「メンやば本かじり」無意味なループ編

 メンタルがやばいとき、脳内で無意味なループが繰り返されることはないだろうか。

 どうすることもできない、過去の失敗が何度も脳内再生されたり、人から投げられた侮蔑の言葉がこだまのように反響したり、自己否定の言葉が数珠繋ぎで頭の中を巡り続けたり──。

 まあ、そんなことをしていたら、メンタルは悪化するわな。そりゃそうや。

 だが、こんなときこそチャンスだ。ピンチはチャンスだって言っていたろ、誰かが。

 誰か──誰やろ?

 ス○ムダンクの安西先生あたりが言っていそうだが、確認はあなたにお願いしてもよろしいでしょうか?

 よし!

 とにかく、ただただネガティブな言葉をループさせるだけでは、どんどんメンタルが悪化するばかりだ。これは間違いない。

 なので、少しアレンジするのはどうだろう。

 とはいえ、言葉を自分でアレンジできるくらいなら、メンタルは激やばとはいえない。

 つまり

 メンタルが激やばなときは言葉のアレンジが必要だが、言葉のアレンジをするときはメンタルが激やばではない。

 ん? あれ?

 これ、ちょっと、おもしろくない? 

 だって、やばいときに必要なことは、やばいときにはできないんやで。

 なにこの、どうにもならない無意味な感じ!

 じわじわくるわ。

 そうそう、これよ。私の偏好だが、このどうにもならない状態、たまらなくぐっとくるのよ。

「いやいや、私はまったく好きじゃない」

 という方──がんばって読み進めていただくしかない。よろしゅう。

 さてさて、さっそく今日の一節にいきたいのだが、その前にちょっと寄り道を。

 私が繰り返し見ている、好きなドラマの話をさせてもらいたい。

 それは『ミスキーナ〜かわいそうな私〜』という、フランスのコメディドラマだ。ちなみに、このドラマで起用されている音楽が、どれもいいのでそちらもぜひ。

 さて。

 主人公のファラは、三〇歳。仕事なし、彼氏なし、そしてかなりの近視だ。彼女は真面目に生きているつもりなのだが、周囲からするとやや奇行に見られてしまう。妄想が好きで、現実逃避をすることもしばしば。しかし、家族や友人を大切にしたいという気持ちは強い女性だ。

 ある日、ファラの祖母が病気で入院することになる。祖母を元気づけるため、ファラは、祖母が大切にしていたのに割れてしまった、愛用のタジン鍋と同じ鍋を探すことに。

 だが、祖母のタジンはフランにはなく、アルジェリアの店でしか買えないことを知る。そこで、アルジェリアへ飛び立つため、ファラは領事館へ向かう。

 列に並んで待つあいだ、彼女は見知らぬ男性から忠告を受ける。

「パスポートを得るには領事館での登録が必要だが、登録にはパスポートが必要だ」

『ミスキーナ〜かわいそうな私〜』Amazon Studios

 えっ!? なんつった!?

 思わずそう言いたくなるだろう。私はなる。

 つまり、想像するに、こういうことだ。

「パスポートを作りたいです」と役所へ行くと、窓口で「では、領事館で登録してきてください」と言われる。で、領事館へ行くと「登録するので、身分証としてパスポートをご提示ください」と言われる。パスポートがないので、また役所へ戻る。

 あああ、なんて、なんて無駄で馬鹿げた無限ループ!

 最高、うまーし!

 私は、こういう無駄なやりとりが大好きだ。

 ま、実際自分がやられたら、いらつくんやけどな。オーディエンスの立場でなら好きという、何とも身勝手なわたくし。すまん。

 いやそれにしても、この『ミスキーナ』のように、よくわからないが頭のなかをぐるぐるする話、本のなかにも意外とあるのだ。

 そのなかでも、特に私が好きな一節を今回は紹介したい。まずは、難解だが癖になる作品を数多くもつ、円城塔氏による小説から。

「何もかもを信じないでいられるのかってこと。
 自分は何も信じていないと信じることはできるのかってね。」

「パラダイス行」(ハヤカワ文庫)円城塔 著

 おおおお、たまらん!

「私はもう何も信じないぞ」、と宣言するとして。

 だが、その時点で、信じないことを「信じて」しまっていることになる。

 もし、信じないことすら疑っていると言ったら、「私はもう何も信じないぞ──いや、そうかな? どうかな? どうだい?」となるわけだ。

 完全に情緒不安定だ。

 つまり、信じていないのか、信じているのか。
 
 ああ、堂堂巡りスタート!

 こういうことを考えていると、何がおかしくて、何が正しいのかわからなくなっていくではないか。

 そして、何がおかしくて何が正しいのか……の頂点にあると言っても過言ではない作品がある。

 それは、カフカによる未完の長編小説、『城』だ。

 ウェストウェスト伯爵の城に、土地測量技師として呼ばれたK。だが、Kはなかなか城に入れずにいた。城近くの宿で時間を潰すKのもとに、彼の古くからの助手であると主張する二人が現れる。だがKは、彼らが本当に自分の古くからの助手である気がしない。助手だと言い切る二人と、釈然としないK。さらに、二人の容姿は瓜二つ。いったいこれは、どうなっているんだ。混乱が混乱をよび、ついにKは、二人を見分けることを諦める。

 今回紹介したいのは、そんな場面での一節だ。

「私は君たちをただ一人の人間のように扱い、二人ともアルトゥールと呼ぶことにしよう。確か君たちの片方がそういう名前のはずだね。君のほうだろう」とKは片方の男にきいてみた。
「ちがいます」

『城』(角川文庫)フランツ・カフカ 著 原田義人 訳

「ちがいます」

 もう適当すぎるやん、K! 助手から、つっこみをいれられてるやん!

 ちなみに、この一節だけだと『城』が無意味なループなのかどうかよくわからないだろう。未読の方はぜひ読んでみてほしい。ま、私は、最後まで読んだところで、よくわからなかったがな!

 ああ、無意味って素晴らしい。こういう無意味な話に夢中になっているときって、意外とネガティブな感情が薄まっていたりするのよね。

 ありがとう! 何だかよくわからないものたちよ!

◾️書籍データ
『バナナ剥きには最適の日々』(ハヤカワ文庫)円城塔 著
★★☆☆☆ ある意味★が5でもいいかと。

今回紹介した「パラダイス行き」をはじめ、短編ばかりが収録されている本書。円城塔氏の文体は、非常に読みやすいのだが、その意味を理解しようとすると途端に超難解作品となる。だがしかし、そこに中毒性があるのだ。繰り返し読んでしまう、まさにループ小説。

『城』(角川文庫)フランツ・カフカ 著 原田義人 訳
★★★★★  ある意味★2……いやいやウソウソ。

いったい誰がおかしいのか。そもそも、読んでいる自分の感覚がおかしいのか。Kは本当に伯爵から仕事を依頼され、城へ呼ばれたのか。なぜに、周辺住民は、測量技師として呼ばれたKをはなから疑うのか。正しいという判断とは、いったいなんなのだ!

 

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