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「メンやば本かじり」予想外の行動力、それは救い編

 みなさんは『Let’s 太って痩せるダイエット』というドキュメンタリー番組を見たことがあるだろうか? 現在(2024.6)はAmazonprimeで視聴可能となっている。

 番組冒頭に登場する、『スーパーファット』(講談社)の著者でありフィットネストレーナーのドリュー・マニング氏は、肥満である顧客が痩せないことに悩んでいた。

 そう、アメリカでは肥満は国民病といわれるほどに深刻な問題だ。

 アメリカほどではないが、日本でも年齢とともに体に増えていく脂肪に悩む人も──いや、日本はあまんりいないなかもしれない。本やネットを見ても肥満はアメリカの問題、といった内容を散見するからだ。ただ、少なくとも私は深刻に悩んでいる。

 なぜ私は、肥大する脂肪を減らしたいと思っているのに、年々確実に増え続けているのか。アメリカの肥満と医師から診断された人たちも、なぜ痩せた方が健康のために良いと知りつつ体重を減らせないのか。

 答えは簡単だ。

 自己管理能力が著しく低く、すべては自己責任なのだ。そうだ、私が悪いのだ。

 と、思っていた。

 だが、『Let’s 太って痩せるダイエット』の冒頭でドリュー・マニング氏は驚くべき言葉を口にする。

(俺は)トレーナーなのに超肥満体の顧客たちを救えずもがいていた
そして やがて気づいた
原因は俺だったんだ

『Let’s 太って痩せるダイエット』A+E networks  AmazonprimeVideo

 この言葉は、私の思考世界ではほとんど禁忌とも言えるレベルだった。痩せられない原因は太っている私だけのもので、もし私が今後トレーニングジムに通ってみたものの体型に変化が起きなくとも、その原因は太っている自分の弱さ、それだけではないのか。

 だが、マニング氏はなぜ彼らが痩せられないのかを理解するために、まさかの自身も肥満を体験してみるという暴挙にでるのだ。

 いやいや、日々厳しいトレーニングでせっかく鍛えあげた体を維持していたのに。それを崩すなんて! 私なら絶対やりたくないが、彼はファーストフードなどの高カロリー食品を摂取しまくり、体重を三〇キロ以上増やし、そこからトレーニングで再び鍛えた体を取り戻すという、もはや正気とは思えない行動に出た。そして、彼はやり遂げた。

 なぜこの人がここまでするのだ。この人がここまでやりきっているのに、なぜ私は何もしないのだ!

 と、ここまで話し続けてしまったが、「そんな太った話ばかりされましても。お前と違って体型には悩んでいないんですけど」という声があちこちから聞こえてくるので、もう一つ別の驚いた話を。

 それは、平松洋子さんによるエッセイ『酔いどれ卵とワイン』の中にある一節だ。

(…)地下鉄の駅を出て地上に向かう長いエスカレーターに乗っていた。
おや、何だろう。
すぐ目の前に立っている女性の背中のリュックサックに赤いホルダーがぶら下げてある。赤い地に白抜き、〈✞♡〉

『酔いどれ卵とワイン』(文春文庫)平松洋子 著

 ここで電車通勤(通学)をしている人はすぐに分かるかと思われる。そう、ヘルプマークだと気づくだろう。電車を利用しているとわりと見かけるし、駅構内にもヘルプマークの説明が書かれたポスターがある。

 ちなみにヘルプマークとは

義足や人工関節を使用している方、内部障害や難病の方、または妊娠初期の方など、外見からは分からなくても援助や配慮を必要としている方々が、周囲の方に配慮を必要としていることを知らせることで、援助を得やすくなるよう、作成したマークです。

(東京都福祉局)

 ただ平松洋子さんともなれば、ラッシュ時に電車に乗ることなどないだろう。なのでヘルプマークも珍しかったようだ。

じっと見る。私は後ろに立っているので、まじまじ凝視しても迷惑じゃないだろうから、心ゆくまで見ながら考える。

同上 

 じっくりと観察するも、答えは出ない。そこで平松さんは私のような凡人以下の人間では諦めてしまうような行動に出る。

いま思い切って訊かなくちゃ、意味を知らないままになってしまう。
「あの、すみません。リュックに付いてある赤いホルダー、どんな意味ですか。私、知らなくて」

同上

「私、知らなくて」

 この言葉を人にはっきりと伝えられる誠実さ、容易ではない。

 つい昨日から問題になっている某アーティストのコロンブスMV問題。ネットでは賛否が飛び交っている。

 私はどう思ったか。

 彼らのMVを批判するのも、肯定するのも、まずは私自身が差別問題、植民地問題について調べるべきだ、と思った。そして、某アーティストの口からはっきりと「◯◯という映画のオマージュ作品」と言われない限りは憶測で「あのMVはきっと◯◯のオマージュに違いない」とは決めたくない、とも思った。
 と、こんなふうに、わからないことだらけなのに、彼らの意図も植民地問題も「知らないので教えてください」とは言えなかったりもする(ただし、この場合相手は著名人なので突然Twitter(現𝕏)で彼らへコメントしたところで、気づいてもらえるはずもないが)。

「知らないので教えてください」

 この一言が、私のような浅学非才な人間でもなかなか口にしづらいのに、平松さん(もしかしたら、相手は作品はもちろん平松さんの顔も知っていたかもしれないのに!)ほどの著名な方が発することができるなんて。

 いやあ頭がさがります、と言いたいところだが、すでに私の額はめり込むレベルで地面を擦っているわけで。これ以上地面にめり込むのはもはや不可能というレベルまで頭をさげている状態でございます平松先生。なので頭をさげるだけではなく、まずは自分が知識を得るために行動しなければならない。

 自分なんかが動いても意味がない、自分はどうせ何をしても……という前に、私はこれからもマニング氏、そして平松洋子さんの行動力を思い出し、忸怩たる思いを胸に「あれほどの人も行動しているのだ」と自分に喝を入れたい。

 よし、本を読むぞ!


◾️書籍データ
『酔いどれ卵とワイン』(文春文庫)平松洋子 著
 難易度★★☆☆☆

 垂涎ものの美味しそうな料理から、買い物をするにもお財布を忘れた話など、心が疲れたときに読むとほっと安堵のため息がでる、心に優しい滋味なエッセイ。

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