【連載】『マスター千一夜』 #0003

 本稿は私がマスター業を務める阿佐ヶ谷のバー『浪漫社』でかつて発行していたフリーペーパー『ろまんしゃ通信』の同名の連載、2017年7月18日号からそのまま引用するものです。
 諸般の事情からペーパーとしての同誌は現在は発刊しておりませんが、この連載は今後『note』にて続けていきたいと思います。
 ペーパー時代には出来なかった各項目へのリンク(Wikipedia、音楽、動画など)もございますので、必要に応じてご参照ください。
(※発表メディアの相違から、記号や改行など一部表現を違えているところはあります)

 浪漫社マスター「バーと馬鹿楽」こと大衆文化研究家「本郷隼人」

◆第三夜 ニッポン無責任世代③

 私の誕生日はかつて資生堂やカネボウそしてコーセーなどの化粧品会社各社が一斉に秋のキャンペーンを始めた日なのですが、それはともかくこの秋のはじめ、私もついにコント55歳。

 明確な記憶があるのが5歳からとするとちょうど「半世紀の人格」を生きたわけですが、世代の特徴の一つとして、物心ついた頃から成人するまでの20年ぐらいまでのうちに、衣・食・住といった生活スタイルの劇的な変化にいちいち立ち会ってきたことが挙げられます。

 このうちまず本稿では、「食」 にフォーカスします。

 項目的には、

①スナック菓子の普及(1960年代後半) 
②レトルト食品(ボンカレー)誕生(1968年)
③カップ麺(カップヌードル)誕生(1971年) 
④ファストフード(マクドナルド)上陸(1971年) 
⑤缶飲料の普及(1970年代前半)

⑥電子レンジ、電気ポット、電子ジャーの普及(1970年代前半) 
⑦コンビニエンスストアの普及(1970年代後半) 
⑧ファミリーレストランの普及(1970年後半) 

 といった辺りですが、この箇条書きだけでも十分おわかりのように、見事に現代につながっているんですね。

 例えば「昭和を描いた二十一世紀の映画」の代表格『ALWAYS 三丁目の夕日』での食の風景は、先のものたちとは明らかに違います。

 同作には〝ライスカレー〟やコロッケやコーラなどが時代のアイコン的に登場しますが、これらを明治・大正側と平成側とのどちらに含めるかというと、明らかに前者でしょう。
(コーラの日本上陸は戦後ですが、これらすべての誕生は明治時代そして19世紀だということも憶えておきたいものです)。

「昭和ブーム」と 言われてれて久しいですが、三丁目世界たる昭和30年代前半までと〝私以降〟の30年代末からとは、ことに食において明確な線引きがあるのです。

 そしてこのことは、ただ食だけに留まるものではありません。食の変化イコール、生活スタイルの変化なのですね。

 まず③の「カップ麺誕生」から。

 言うまでもなく世界最初のインスタントラーメンとされる『チキンラーメン』も世界最初のカップ麺とされる『カップヌードル』も、日清食品創業者の安藤百福さんが作ったものです。
 が、前者は誕生年(1958/昭和33)も含めて〝三丁目側〟に属していると私は考えます。なぜならいかにお湯を注ぐだけですぐおいしいすごくおいしいにせよ、袋麺であるからには丼を用意し、さらに後片付けとして丼を洗わなければならない。
 対してカップ麺は、割り箸なども使えば、あとはすべて「捨てるだけ」です。

 この差は凄く大きい。

 単身者のみならず家での食事の何が最も面倒で憂鬱かといえば、洗い物に尽きるでしょう。
 そういう意味ではカップ麺誕生は、大袈裟ながら人類の洗い物からの解放とも言えましょう。

 カップヌードル発売からしばらくはプラスチック製のフォークが無料でもらえ(懐しの専用自販機にも付属していました)今でこそ冗談のような銀座の歩行者天国《ホコテン》でナウなヤングが闊歩しながらフォークでカップヌードルを喰らうCMなども、百福先生ならではの〝食の面倒さからの解放〟という思いがあったのかもしれません。

 もちろん「⑤缶飲料の普及」などとも併せてゴミ問題も同時に生まれるわけでこの辺りはまた考察が必要ですが、ゴミは海に廃棄し埋め立ててしまえば良い、むしろ土地問題も解消するので一挙両得これぞ〝夢の島〟だという当時の時代感覚だからこそ生まれたのがカップ麺だとも思います。
 そう、昨今話題の築地市場の豊洲への移転問題にもつながるのですね。

 そしてこのカップ麺に絡めて言えば「⑥電子レンジ、電気ポット、電子ジャーの普及」もまた重要です。
「②レトルト食品誕生」とも併せ、私はこれらによっていわゆる「個食」がはじまったと考えています。

 ここでの「1970年代前半」というのはよしだたくろうの『結婚しようよ』やアンドレ・カンドレから名を変えた井上陽水の『傘がない』などの「非・反戦フォーク」が大ヒットし、かぐや姫の『神田川』に代表される「四畳半フォーク」が人気を博した頃です。

 つまり戦後復興や先の東京五輪や大阪万博に象徴される高度成長に人々が疲れはじめ、先述のゴミ問題なども含む公害が顕在化しはじめた頃。
 さらに70年安保や東大紛争そして何よりあさま山荘事件や連合赤軍の山岳ベース事件などのあとです。
 社会全体が大きな挫折感を感じ、大きなムーブメントから小さな単位すなわち「個」に向かいはじめた頃なんですね。

 電子レンジ、電気ポット、電子ジャーの普及は、そういう意味では凄いタイミングだと思います。

 先の三丁目世界ではともかくも家族全員がちゃぶ台を囲んで「同じ時」に「同じ場所」で「同じもの」を食べていたわけですが、その必要性が無くなったわけです。

 食の自由、もっと言えば〝勝手〟の獲得。

 良し悪しではなく、人類史上のかなり大きなターニングポイントだと思います。

 そしてこの個食への動きを後押しするように、「⑦コンビニの普及」「⑧ファミレスの普及」が続きます。

『セブン-イレブン』は当初その名のとおり朝7時から夜11時までが営業時間でしたか、それでもコンビニ以前を知っている、逆に言うと個人商店やその 合体であるところの商店街そして百貨店などしか知らない者たちには衝撃でした。
 それがほどなくして24時365日営業になっていくわけですので、これはもう生活スタイルが変わらないわけはありません。
 ファミレスもその名とは裏腹に個食の受け皿になったこともまた、普及の原動力となったのではないでしょうか。
 これまた昨今話題の過労死問題なども、この辺りから 察すべきだと思います。

 ところでファミレスについては名にし負う〝ファミリー〟での利用ももちろんあるわけでその辺りを含めて考えなけばならないのですが、ここまでかなり長くなりましたし、次回予定の「住」の稿で、あらためて考察していきたいと思います。

(ニッポン無責任世代④に続く)

注)本稿執筆時点での店名は「ろまんしゃ」でしたが、現在はママと私の10数年来のプロジェクト名である『浪漫社』と表記しております。

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