(読書感想文)日常の延長線上にある恐怖/芹沢央 著『許されようとは思いません』

・あらすじ
「これでお前も一人前だな」入社三年目の夏、常に最下位だった営業成績を大きく上げた修哉。上司にも褒められ、誇らしい気持ちに。だが売上伝票を見返して全身が怖張る。本来の注文の11倍もの誤受注をしていたー。躍進中の子役とその祖母、凄惨な運命を作品に刻む画家、姉の逮捕に混乱する主婦、祖母の納骨のために寒村を訪れた青年。人の心に潜む闇を巧緻なミステリーに昇華させた5編。

・感想
  些細なことから歯車が狂い、取り返しのつかない悪いほうへとどんどん転がってゆく…という5つのお話。「目撃者はいなかった」と「ありがとう、ばぁば」と「姉のように」はめちゃくちゃ面白かったが、そのほかの2編はあまりハマらず…。
  「目撃者はいなかった」は、嘘をつくことの怖さをヒシヒシと感じて身が凍ってしまった。1つ嘘をつくと、その嘘を守るためにさらに嘘をつかなくてはいけなくなり、自分でついた嘘によってがんじがらめになって身動きがとれなくなり、どんどん追い詰められていってしまう。自己保身のための嘘なんてついてもいいことないのに、そんな正論は分かってはいるけれど、あの時の"上司に失望されたくない"という修哉の気持ちも分かってしまうだけにとても切ない。しかし修哉、あれだけの行動力があるなら、他の方法でどうにか解決できたんじゃ…?事件事故の目撃証言って結局主観でしかないから当てにならないな〜ともしみじみ。
  「ありがとう、ばぁば」は、ばぁばへの憎しみ故の行動かと思いきや…ラストの一言がまさかすぎて。子どもの純粋さゆえの残酷さがとても恐ろしい。純粋さが一番の凶器になる場面って確かにある。"年賀状を出されたくない"がそこにむすびついてしまうのか…と薄ら寒くなった。
  「姉のように」は、幼い頃から仲が良く、ずっとお手本のようにしてきた憧れの姉が事件を起こし逮捕されてしまい、"姉のようにならないように"必死に自分の衝動を抑えようとするが…。育児が上手くいかず、夫は頼りにならず、どんどん追い詰められてゆく妹の気持ちが痛いほど伝わってきてしんどかった。妹の「私を追い詰めたのは被害妄想だけか?」というメッセージはとても強烈で、悲しいようなやるせないような気持ちで読んでいたのに、最後の最後まさかの展開でびっくり。
  どのお話も、主人公が自分の目的を達成するために一番合理的な手段を取ろうとして、その結果取り返しのつかない事になってしまう…というお話だったから、他人事とは思えず、身につまされる思いだった。ずっと息苦しく、閉鎖的で、読んでいるわたしも主人公と一緒に追い詰められてゆく。短編集はいまいち心に残らないものが多く、あまり好んでは読まないが、これはとても読み応えあって面白かった。

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