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描いた絵で「感じる」その人の思い、自分の気持ち~バンクシーって誰?展~

 もう少しミーハーな感じだと思っていた。社会派で流行りの画家さんだから。皮肉たっぷりで、きっと見ても「わかったから」「みんなちゃんと考えてるってば」って気持ちにならないかなってちょっと心配した。

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 ニュージャージーに住んでいた頃、車でニューヨーク市に出かけては、近代美術館(MoMA)やメトロポリタン美術館に友人や夫と出かけたものだった。
 私は絵や芸術が「わかる」側の人間ではないと思うのだけど、正解などないのだろうとだけは、多分わかっているので、観に行くのにまったく抵抗がない。友人や夫もまたそんな気軽な感じで、「近所に散歩でも」のノリで誘ってくる。
 作品の横に解説がついていたらそれを読んで、その絵の意味を知ったり、画家さんの考え方や人生をのぞいたりすることもできる。
 技術的なものはまったくわからないのだけど、色の付け方や表現の仕方や美しさなど絵に感銘を受ける時だってある。そうなるとしばらくそこから動けないし、発見があるとそれもまた面白くてその絵の意味を感じてやっぱり動けなくなる。

 同行している友人や夫とはぐれたりもするので、キョロキョロ見回してそれぞれどの作品に足止めくらっちゃってるか気が付くのもまた面白い。

 まだ彼だった夫とピッツバーグまで車で8時間のアンディ・ウォーホル美術館に行ったことがあった。
 私は印象派の多い近代美術や心象風景などの抽象画も好きだけど、現代のポップアートも楽しむ。
 とんがった、社会的メッセージのあるものが、かわいくまさにポップに描かれていたり、さわやかで豊富な色で表現されていたりする。
 建物全体がアンディ・ウォーホルの作品なので、その空気に包まれるのは充足感があって面白かった。



 今回は、バンクシー。

 どこかに落書きしたものも多いから街を再現してあるとか、そんな必要あるのかなとうっすら思っていた。「街を」だなんて大げさなんじゃないかとか。
 でも入場してすぐ気持ちが変わった。

 大きさの迫力もあったけど、再現しないとわからない作品もある。
 最近だとコロナの影響。

傾斜が強い街を利用して、おばあさんのクシャミで家々が傾いているように見せている

 中でもガザ地区北部のベイトハヌーンを再現してあったのは、私にとって心揺さぶられた。彼の作品がそこに飾られていないからと、廃墟の街の再現にはただ通り過ぎる人も多かったようだけど、その中に立ってみると、猫の絵の意味をいっそう感じられた。


~パンフレットより~



 衝撃的なのは彼の絵なわけではない。客寄せパンダの意識でわざと猫は描かれた。可愛い猫の首当たりの銃弾痕が強烈。
 でも。確かにここで生活する日常があったのだ。みんなが通り過ぎるような。
 洗濯物が干されていたり、子供たちがそこらで遊んだり。
 日常の壁にある銃弾の痕。

 私たちは確かに「わかったから」「考えてるってば」とそこにどっぷり漬からないようにしないと心を落ち着かせられない。日々の暮らしだってある。
 だけど時々そんな風にして、知ろうともしないことがあるんだ。

 パレスチナ自治区ベツレヘム市内にバンクシーがオープンしたホテルがある。その意図は、イスラエル政府が築いた分離壁を目の前にしたかったからだ。世の中にこの存在を知ってもらうために。
 そこから見える彼の、壁に描かれた作品の見せ方を夫は気に入っていた。

 さまざまに込められている思いには、社会に対して怒りも感じる。
 でも彼の作品全体を見て、そしてメッセージの意味を知ると、そんなにキツイものじゃなく当たり前のことを訴えていて、むしろ私は彼の、地球や人に対する心配や優しさを感じた。


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※追加です

TOMOさんが、私の詩から、お盆に置く「光が回る提灯」を描いてくれました。またいつでもアイディアのやり取りができれば、いっそう文や詩を書き、絵を描くのが楽しくなりますね😊 まさに「描いた絵で感じるその人の思い、自分の気持ち」なんだよなあ。


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