見出し画像

きっと自由な気持ちが、寂しさを上回っているんだろう

 息子がひとり暮らしを始める時に、夫の提案でぬいぐるみをプレゼントすることにした。2年くらい前かあ。もう2年なのか、まだ2年なのか。よくわからないなあ。

 一つはウチに。
 「コタロウ」と名が付いて売られている柴犬のぬいぐるみを。

 70センチちょっとある大きなぬいぐるみの表面は、つるつるとした手触りで、中身はむっちりした心地良い反発感。

 そして息子にはその黒柴ヴァージョンの「コテツ」を。
 つまりペアで。 

 リモートで時々「コテツは元気?」と聞く。その辺に転がっているのだろうと思っていたら、ベッドまわりに必ずいると言う。時にはパソコンの前に持ってきて見せてくれる。こちらのコタロウも見せる。


 この前の夏は長い休みでもひとり暮らしを謳歌し、「今年は帰らない」と言っていた。その前の春休み、こちらにいた時に、家族でいると窮屈に感じるのを知っていたので、無理に帰らなくていいとこちらからも伝えていた。

 年末年始はどうするのかな。夫も私も、息子の気持ちの負担にならないよう少し慎重に様子をうかがうと、「年末年始は帰る」と言う。
 こみ上げる喜びを抑えてリモートでいつも通り話し、切ってから夫とおおいに盛り上がる。
 「帰ってくる気持ちになったんだね」「楽しみだね!」。

 そして帰省している最中に話してくれた。

 「寂しくなった時は、コテツをギュッとして寝るんだ」。

 「そっかコテツも役立ってるんだね」とか笑いながら、そんな思いをしているんだなあとこちらは胸がキュッとする。

 心細い思いをするんだろうってことが、息子がひとり暮らしスタートさせようとする別れ際の、一番のつらい気持ちだった。
 「じゃあね」と笑顔で扉を閉めてから、私の涙が止まらなくなった。息子のマンションを離れて駅に着いて、電車乗って。30分くらいどうしても涙が止まらなかった。
 寂しいなんて私は思わないだろう、と寸前まで別れを軽く考えていた。
 でも息子が部屋でぽつんと立って見送っている姿に、そんな不安そうな心細い顔、これから何度するんだろうと想像するとつらくて。できるだけそんな思いしなければ良いのに。

 だけどそんなの不可能だよね。
 私にだって経験がある。
 一人ではなくてルームメイトがいたけど、心細くて布団の中でちっちゃく丸まって泣いた夜。
 きっと誰でもある。

 息子だけがそんな気持ちにならないとか、そんな時をすっ飛ばすとか、そんなことにはならないし、人としてきっと必要で当たり前な気持ちなのかもしれないな。そんな夜を乗り越えることも。
 だから「そっかそっか」と笑顔で励ます。

 息子にはやっぱり寂しくてやりきれない夜もある。
 これからもきっと。
 コテツがキミの気持ちを受け止めてくれますように。
 
 そして存分にひとり暮らしを楽しんでいるなら、父さんも母さんもうれしいよ。


==================

  メディアパルさん募集の「ひとり暮らしのエピソード」。再募集なので前回の参加と合わせて三回目です!


読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。