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自分の選んだ道を、踏みしめて歩んでほしい~息子の大学受験を通じて~

 えっ。そんなレベルの大学を目指したいって、本気で言ってるの? 一時的な気の迷いでは。
 と思ったのが、息子が高校二年生になって間もない春頃。

***


 「勉強しなくちゃって思うんだけど、焦るばっかりで、全然やる気が出ないんだ」
 高校一年生になると、何度もそうやって訴えてきた。
 甘えてるなあ。やる気は自分で出すんだよ。今はどうしたいの。

 不安な気持ちを聞いてほしいだけだろうと、そんな時は手を止めて、気が済むまで話し相手にはなっていた。
 にしても。
 毎度、夜になってそういうこと言い出し、じっくり聞いていると時間は深夜まで及ぶ。気が済んでもしばらくするとまた同じ言葉を繰り返す息子に、辟易し始めた。

 通っていたのは、中高一貫校。中学の間は一時、宿題に苦しんだものの、それ以外、特に中学二年生以降は「楽しい」が気持ちの大半を占めていたようだ。
 勉強については、試験勉強も特に何かやりなさいと言ったことはない。心配な時に「大丈夫なの?」と声をかけたくらい。

 一貫校だから、高校受験をせずともそのまま上がれる。
 学校の成績は常に真ん中辺りで、父親の職業を知っている保護者の方たちからしたら「その成績を許してるの?」「何故勉強させないの?」って思っていたんだろうなあ。
 夫も私も、「子供が良い成績を取る」「子供が先生に誉められる」を重要に思わない。「学問が大事」と夫はよく話していた。自分の好奇心を大事にして、自分の頭で考えてほしいと、私も話していた。

 それでも本人は「やった方が良いとは思っているけど、やる気が出ない」と繰り返す。高校二年生になる前頃、いい加減私も付き合いきれないと思い、塾のお試し期間を設けてみた。

 「イマイチ好きになれそうになかったら、そう言うんだよ」と言ったけど、息子はのめり込んだ。授業が面白いらしくて、熱心に通い、模試の成績はぐんぐん伸びていった。
 そして冒頭のように、レベルの高い大学を目指したいと言ってきた。

 最初は我慢していたけど、私の考えも伝えておかなければ。

 息子の中学高校の先輩で、その大学に通っている子がいるけど、しっかり勉強する子だと私は知っていた。母親が友人なもので。
 学校のテストだって、模試だって、常に成績の良かった先輩。それでもギリギリで合格。先輩は苦手分野がハッキリもしていて、向いているものがわかりやすかった。息子は得意分野はハッキリしていたけど、苦手分野は元々それほど苦手としていなかった。なのに、その勉強が面倒だから、やらなくて済むならやりたくない。それでやらなくなって余計に苦手とした。
 全部息子に話して、他の大学への選択はないのかと聞いた。

 でも息子は行きたいその大学の魅力を語り、頑張りたいんだと言う。

 夫は「目標を高く持つのは恥ずかしいことじゃないよ。実際にどうなるかは別として、挑戦する気持ちは素晴らしいことだと思ってる」と言う。

 そうかあ。応援するしかないかあ。

 そこから息子はさらに頑張っていったので、このまま続けていけば、大丈夫じゃないかと思い始めていた。

 ところが昨年。高3になる頃に、緊急事態宣言。学校が閉鎖。
 生活ペースは乱れ、再開しても息子は学校に行く気をすっかりなくし、寝込む日が増えた。

 息子はストレスを感じると、体調を崩す。最初に皮膚炎を起こし、肌が悪くなってくると、その後、倦怠感を訴え、微熱が出る。もう幼少期からのパターン。

 高校三年生になってからは、それがいつも以上に繰り返され、こんなご時世だから私も心配して、気軽に学校を休ませていた。

 家でのんびり休み、パソコンやゲームをして過ごす日が増えた。

 前年の方が頑張ってたなあ。

 でも体調はすぐに崩れるなあ。

 学校を休みたがるなあ。

 心配していたけど、息子はもっと不安だっただろう。

 母親友達たちに「いやあ、勉強しなくなっちゃった」と話していたけど、本当にそうだったのだ。
 やる気になっては、体調を崩す。繰り返しているうちに、共通テストの日を迎えてしまった。ただ、やる気になった時には集中して頑張っていたおかげもあって結果は大丈夫だった。

 このまま目標の大学に向けてと祈るしかなかったけど、息子は相変わらず体調を崩したり、頑張ったりをこまめに繰り返していた。
 ただ「僕はもっと本気になれる、本気になったらもっと頑張れるって思っていたけど、昨年の秋くらいに、すでに限界は来ていたみたいなんだ。身体がいうこと効かないよ」と泣きそうな顔で訴えてきた。
 そうだね。
 大学受験は、知力のみじゃないんだね。精神力とそれによる体力も必要。
 息子は総合的な実力が足りていなかった。

 大都市の私大は、ウチの家計からして勘弁してほしいと話していたので、息子は前期と後期に、国公立を1つずつねらった。

 後期試験の大学は、共通テストが終わってから考え直し、それまで考えていた志望校を変更した。

 「僕は、きっとここの方が合格する確率が高い」

 一浪したって良いよ、こんなご時世だし。と話したけど、「いや、僕もそう思ってたけど、僕のタイプだと、一浪したらきっともっと勉強しなくなる。僕はできれば浪人しない方が良いんじゃないかと思ってるよ」と言った。

 ……。急にそんなこと言う!

 自分を追い詰めない? 大丈夫かしらん。
 呑気だった私も心配になってきた。

 でも息子は、受験のシステムや各大学の特徴を自分で把握し、手続き、すべてを自分でこなした。
 私は息子にお願いされた通りに、振り込みと、郵便局での送付を済ませただけ。

 交通、宿泊、試験前日の下見、当日の食事、帰宅。息子は一人でこなした。田舎から東京に出るのは大変だろうに。それだけで「すごい成長だなあ」としみじみする。
 急に予定が変わったり何かが起きたりすると、10歳くらいまで、かんしゃくを起こしていたのに。ずっと大変だったのに。

 そして前期テストは、夫も私も感じていたように、やはりダメだった。
 息子は、一番の憧れの大学に行けなかった。

 息子は何度もため息をついている。
 番号がないって寂しいものなんだな。並んでいる番号を見て、それから息子の思いを感じて、胸が詰まる。

 母さんも少し苦しいよ。

 でも、「まだ終わってない」と息子に言った。
 後期試験がある。出発は飛行機で翌日か、翌々日。
 天候によって早い方が良いと思っていたけど大丈夫そうだし、息子も準備があるだろうからと、翌々日にした。

 共通テスト当日以外、言ってこなかった「ガンバレ」を、口にした。「週末までこらえて。試験から帰ってきたら、いくらでも悔しがって良いから。今は頑張って」。心折れるなって言われるのは辛いだろうってわかっているよ。あと数日だけ。

 初めて無理にでも塾に連れて行った。
 でも塾から帰ってくると、息子が晴れやかな顔をしていた。
 信頼していた先生が、隣りの市の教室に変わっていたけど、当日、来ていたらしい。
 そして息子に「キミは、まだ将来をハッキリ決めていないから、まずは大学に通って、それからその先を決めたら良い。今は切り替えて本気で臨んでおいで。前期がダメで心が折れてしまうか、切り替えができるかが後期試験の分かれ目だよ」と言ってくれたそうだ。

 そして翌々日、息子をちょっと遠くの空港まで、夫と見送った。

 また一人で飛行機に乗って、JRに乗って、ホテルに着いて。荷物を置いたら大学まで下見に行って、食事を購入して、ホテルに戻って。
 電話で話すと、元気そうだった。

 前期試験の時と同じように、朝、確認の電話を入れると、「よく眠れたよ」と、既に起きて準備も済ませていた。

 帰宅してから「物理の問題がすごく面白くて、試験が楽しかった!」と言うので、夫が「受かったかもね」と私にこっそり話していた。でもみんなできただろうし、油断はできない。

 発表までの一週間は、前期の時と違って、私はあまり眠れなかった。

 しんどいわ……。

 友人が「発表まで長く感じるよ。疲れた」と数年前に言っていたのを、ようやく実感した。
 発表前夜も、目がギンギンなので薬をのんで寝た。それでも早起きが苦手な私が、かなりの早起きとなってしまった。

 そして発表時間に、スマホで確認。



 あった。

 番号があった!

 間違ってないかなあ? 本当にこの番号?

 学校の先生から電話が入る。番号を知っていたため、調べて知ったらしい。

 「良かった」

 息子の硬い表情がほどけて、ホッと柔らかい顔になった。でも第二志望。憧れの第一志望じゃないのかあ。喜びの感情、一色ではなさそうだ。でも……。


 おめでとう。

 夫が息子に抱きついた。
 嬉しくなって、私も「おめでとう!」って、その二人のカタマリに抱きついた。

 「あの大学じゃなかったけど、まあこれもまた良いか。ってフクザツだよね」夫が全部言葉にする。「うん」「うん」息子もうなずいている。「でもありがとう」「良かった」って言っている。

***

 今のところ、4月の間はリモートの授業。
 5月から息子の一人暮らしが始まる。

 今は、第二外国語を発音して聞かせてくれたり、授業の雰囲気を話してくれたり。第二志望にしても、英語は追いつけない部分もあって焦るらしい。
 「それが大学の面白さだよ」
 夫がなだめている。

 課題も多くてけっこう大変な様子。大学時代の私なんかよりずっとちゃんと勉強してる。

 もうすぐ独り暮らしが始まる。
 
 やっぱり寂しさより、「心身ともに心配」! の気持ちが強いけど、息子が選んだ息子の人生。今は少し不本意かもしれなくても、その道を自分で選んで、大失敗でもないだろう。きっと後悔は減っていく。これからまた自分で人生を選んで歩んでいくんだよ。せっかくだから楽しんでね。


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