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こんな風な夏休みに、また乾杯しようね

 男が、離婚した妻のもとへ定期的に行き、10歳の息子と時間を過ごす。
 時々しか会わないからギクシャクするけれど、あることをきっかけに濃密な時間を一緒に過ごし、父と息子の絆ができていく。
 離婚した理由は、どうやら仕事ばかりで家族との関係をおろそかにしたためらしく、男は息子との時間を過ごすことで、家族と関わる大切さに気付いていく。

 これは映画『シェフ』の内容。(「アイアンマン」(1)、(2)で監督もしたジョン・ファブロー監督、主演の映画です。ちなみに今だと「ライオンキング」実写版の監督をしています)

 夫がこの映画が大好きで、何度も観ている。
 この夏も家で観ていた。
 父親と息子の会話が、温かなものへとなっていく様子ーを観る夫の視線に、ふと気が付いた。温かな視線、穏やかな横顔。

***

 夫の育った家庭は、あまり幸せとは言えなかった。
 父親は大のアルコール好き。仕事が休みの日は昼間から飲む。母親と喧嘩をする。母親は、当時幼い夫とその弟を連れて、何時間もかけて実家に戻る。これを何度も繰り返したそうだ。
 深夜に喧嘩が始まると、夫はタオルを噛んでその音で喧嘩が聞こえないように工夫したと言う。洋楽に目覚めたのはラジオのおかげだったらしいが、ラジオが大好きなのも、喧嘩を聞きたくなかったからだった。
 朝起きたら、喧嘩をした母親が家族を置いて家を出てしまった後なんて時もあったそうで、「家にいるより学校に行く方が全然マシだ!」と泣きながら学校に向かう日もあったらしい。

 そんな夫にとって、夏休みは辛いものだったそうだ。父親も仕事が夏休みの時。朝からアルコールを飲む父親。彼が飲むと、どういった様子か、私も少しは知っている。「あんなでも、昔よりは全然マシになったんだよ」と夫は言っていた。数年前に亡くなった義父は、やはり肝臓の病気が深刻だった。

***

 息子が2歳頃になって、ひどかったかんしゃくがもっと激しいものになった頃、夫のイライラが時々急に強いものになる時があった。そんな激しいものとして表出するわけではないのだけど、様子がおかしかった。当時は、私も精神的に相当追い詰められていて何度も夫に救われたが、夫のイライラは、もっと些細なことで、明らかに普段と様子が違うので、「ちょっと変だな……」と思い、そのように伝えていた。

 そのうち私が自律神経失調の症状が強くて、心療内科やカウンセリングルームで話を聴いてもらい、親子関係の深いところを知るようになる。私は私の親との関係を考えるようになり、自分がどのような親になりたいかを、改めて考えるようになっていった。

 夫にその話をするのを、夫は興味深く聴いていた。そして考えていた。

「そっか。父親を嫌いって言ったって良いんだ。俺、嫌いだわ」
「僕がこんな風になったのは、母親にも原因があったんだ」
などと自分で気づきを得て、時々言葉にしていた。
 子供ができて4年ほど、結婚10年ほど経っていたけど、初めて聞く話が多かった。

***

 少しずつ夫は、息子に対してイライラする瞬間が減っていった。

 夫は基本的に息子と接する時は、息子の話をよく聞く。積極的にコミュニケートし、一緒に遊び、根気よく、言葉も多く優しい父親だった。だから私も安心して夫と息子を二人きりにしたし、息子と接する時の愚痴を聞いてもらったし、息子の相談をした。息子もお父さん大好きな子になっていった。

 「何で自分の父親にそんな風にされて、「お父さん」としての良いモデルがなかったのに、自分の息子ときちんと向き合えるの?」と何度か聞いた。
 「中学生時代の、学校の先生が良かった」「ロバート・B・パーカーの書いた『初秋』って本を読んで、父親ってこういう接し方をするんだ、って知った」「映画『ブルースブラザーズ』で、家族を形成する話を観た」などと言う。
 本当なのだろう。でもそれだけではない夫の気質、感じる力、考える力もあったのだろう。

 それでも「何故そんなことで?」と思う時はまだあった。イライラが出ると、私と喧嘩になったりもした。それは大抵、夏休みの時期だ。夏休みの間に一度くらいだったけど、何かうまくいかないことがあると、イライラして落ち着かなくなる様子。

 夫はそれほど自分の子供時代についてを詳しくは話さない。私も無理には聞かない。少し聞き出そうとすると、私はカウンセラーの勉強していたのに話を聴き出すのが下手で、夫はすぐに「聞こうとする私」を察し、嫌がる。だから本当に聞きたいことの一つ二つ、直接的な質問をするだけ。

 ある年、「子供の頃の夏休み、どう過ごしていたの? 面白くなかった?」
そっと聞いてみたら
 「面白くなかったよ」と、昔の話をしてくれた。

 夏休みになると、どうしても父親の影がちらつく。夫はその思い出を頭の片隅から振り払えず、私たち家族で密着していると、少し疲弊しているようだった。
 夫にとって夏休みは、辛い思い出と、つまらない時間の積み重ねだった。それを結婚して子供ができてから、思い出しはすれど、何とか楽しいものにしようと努力していた。努力するからこそ、うまくいかないと、ムッとしてしまう。そしてそんな時には、悪循環となってしまう自分の気持ちの、根本的なものも自覚するようになっていった。
 
 でも過去がどうあろうと、私たちは夏休みになると、お互いの実家に行ったり、あちこち小旅行したり、キャンプをしたり、ドライブに出かけたり。何年も何年も繰り返して積み重ね。

 少しずつそのような様子も消えていった。

 気がつけば、「そう言えば以前、そんなことを言っていた」と思うくらいそのイライラや疲弊する瞬間は減っていった。
 
 そして今年。

 息子がオープンキャンパスに行った以外は、夏休みらしいことをほとんどしなかった。夫は仕事があったため、オープンキャンパスについて行けなかった。
 でもせっかくの休みだからと、私とドライブに行き、一度だけ三人で映画を観に出かけた。

 夏休みが終わって、夫が言った。

 「今年は夏休みらしいこと、ほとんどしてない。つまらなかった~。こんなの全然夏休みじゃない!」

***

 『シェフ』で父親と息子の会話を観ながら目を細める夫を見て、夫が夏休みを嫌っていた昔を、私は思い出していた。

 息子は来年受験勉強で、もっと忙しいのかもしれない。その後はきっともう離れるけれど、もしかしたら息子が帰ってくる年もあるかもしれないし、私たちが息子の所に遊びに行っても良い。まだまだこれからも楽しい夏休みにしよう。
 夏は私たちの挙式記念日もあるんだし、お祝いだってしよう。今年は私の身体のせいで乾杯はできなかったけど、また飲みに行こう。


 夫は楽しい夏休みの過ごし方を知ったんだ。
 良かったね。


#エッセイ #夏休み #夫 #家族  #「シェフ」 #親子関係 #父と息子


読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。