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【第28話】日本人の誇り 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***


夜間航海はまだ不安はあるが、少しずつ慣れてきているようだ。

日本を離れて、そう日が経っていない夜だった。何やら飛行機の爆音が聞こえてきた。

「何だ?」
僕と翔一はキャビンから出る。ワッチ(当直)をしている裕太が、指差した方向を目を凝らして眺めていた。

真っ黒の空に、ピカピカと点滅する赤い光を発しながら、飛行機らしい影が近づいてきた。かなりの低空を旋回した。翼に日の丸が見える。

「あれはP3Cじゃないか?」自慢じゃないが僕は、自衛隊にかなり詳しい。
これは高校生の頃から変わらない知識だ。
「おそらくだが、日本の周りを哨戒していて、ホライズン号がレーダーに映ったんだろう。それで低空で確認に来たんじゃないか?」

「こんな小さなヨットでも、見逃さないように飛んでいるんだな。」翔一が感心したように言う。

「ご苦労様です。」3人で敬礼しながら、飛行機を見送った。

太平洋横断の航路は、とても退屈な日々が続くのかな。正直、僕たちはたかを括っていた。
台風といい、漁船と遭遇し施しを受けた出来事といい、哨戒機の飛来といい、毎日のように何がしかの出来事がある。

とてもスリリングな毎日だ。


哨戒機の飛来から、わずか数日後だった。
微風の中、ホライズン号は順調に航行していた。空も晴れ渡り、気持ちいいほどの風を捉えて、セーリングを楽しんだ。

僕たちは自動操舵装置に切り替え、キャビン内でトランプに興じた。トランプは航海中の楽しみのひとつだ。

特に僕たちは、ポーカーに熱中していた。わずかばかりのお金をかけて、ひと時のスリルを味わっていた。

いきなりだった。

ボー!!

汽笛の音だ。しかも喧しいほど大きな汽笛だ。僕たち3人は、デッキに飛び出た。

飛び出た途端に、我が目を疑うような光景が広がった。ホライズン号の右舷100ほどに、大きな船が、いや軍艦が並走している。

僕は裕太と翔一を見た。二人とも、合唱団のごとく口をポカンと開けたまま、その船に見入っていた。

海上自衛隊の艦船だ。よく見ると船首に「かとり」と書かれている。
ホライズン号から見ると、軍艦の大きさに圧倒される。まるで恐竜だ。

「すげえ!」裕太が興奮して言う。

すると、艦橋から「ピカッ、ピカッ」と発光信号が送られてきた。モールス信号だ。

翔一が聞く。「分かるか?俺はさっぱり解らん。」

「俺も解らん。」裕太が言う。

モールスについては、出航前に本を少し読んだ程度の知識しかない。SOSが何とか分かるくらいか。

僕たちが理解不能と見たのか、今度は手旗信号をやり始めた。

「俺はボーイスカウトにいたけど、10年以上前だし、全く解らん。」と僕。

こんな調子だった。そこで3人揃って大きな声で「わかりませ〜ん!」と怒鳴った。

するとやっと、拡声器で声をかけてきてくれた。
「どこに向かうのですか?」

「シアトルです!」アメリカ大陸に向かっているので、「アメリカ合衆国」は省略した。

「何か困ったことはありませんか?」と呼びかけてきた。

すごい、僕たちのことを心配して声を掛けてきたのだ。自衛隊はやっぱりすごい。

僕たちは感動して、「大丈夫です!」と大きな声で返した。

次の瞬間だ。軍艦から大きな掛け声が聞こえてきた。
「練習生!デッキにせいれーつ!」

何が始まるんだと、僕たち3人は呆気にとられていた、その時。

「帽振れー!」掛け声と同時に、練習生らしき若者が甲板や艦橋にズラリと並び、一斉に帽子を取って大きく振り始めた。

僕たちは。呆然として声も出ない。感動だ。

皆、帽子を振りながら「かとり」が過ぎ去っていく。すると後方からまた、別の軍艦が並走した。同じように練習生が甲板に整列して、帽子を振りながら通過していく。

艦首には「あきぐも」と書いてあった。

この2隻の軍艦は、海上自衛隊所属で防衛大学生などの幹部候補生を乗せた船だった。その練習航海に遭遇したのだ。僕たちがシアトルに着港したずいぶん前に、「かとり」と「あきぐも」も寄港したらしい。
もちろん、このことは後日分かったことだ。

練習生たちは、おそらく僕たちとあまり歳が変わらないか、あるいは少し年下の若者たちだったと思う。

感動と余韻の中、空は暮れていった。僕たちはいつまでも、興奮状態のまま夜を過ごした。

日本人であることの誇り、プライド、そして優しさや思いやり。
大切な心というものを太平洋上で再確認することができた。そんな出来事だった。

長い航海をしていると、思いがけない出来事が起こるものだ。
僕たちは、出航してからの出来事を思い出しながら、運命や縁といった必然性について話した。

僕は人生には偶然などなく、きっと必然の連続なのだと、この頃から考えるようになっていた。

海上自衛隊の練習艦らしき艦艇との遭遇から、数日が経過した。

ホライズン号は、風に恵まれ順調な航海を続けている。
1日百数十マイル進む日もあれば、凪状態の風のない、太平洋上とは思えないような、鏡のようにベタっとした日もある。

ベタ凪とはよく言ったものだと思う。

そんな日は、ホライズン号に珍客が現れたものだ。
勢い余った飛魚が着水を間違えて、デッキに飛び込んできた時もあった。
ある時は、どこから来たのか分からない渡り鳥が、デッキのどこかにで羽を休めていたりした。

今日は、池のように波の立たない水面に、何か円盤のような物体が見えた。

「何だ?」最初に見つけた翔一が言う。

「座布団のようだな。」裕太の、冗談か本気か分からない疑問は、空気を和ませる。

確かに、座布団のようなものが浮かんでいるのだ。

「あれはマンボウじゃないか?」

よく見ると、確かにマンボウだ。大きさは直径2メートルほどはあろうか?
大きな魚の頭だけ泳いでいるように見える。

後ろにヒレが少しだけ、海面から出て左右にヒラヒラ動いている。

片方の顔を海面から出して、あの大きな目で僕たちを見ているのだろうか。

凪だったので、しばらく僕たちは珍客との出会いを楽しんだ。
彼はゆっくりゆっくり泳いで去っていった。

〜つづく

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