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【第39話】港町の喧騒の中 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***


サンフランシスの中にあるフィッシャーマンズワーフは、直訳すると「漁師の波止場」である。

街中が活気に溢れて、数々の魚介類が水揚げされる港町であるが、一方でサンフランシスコの重要な観光地でもあるのだ。
水揚げ場の近くを通ると、魚介類の臭いが鼻を突く。

僕たちは、ケーブルカーに乗って日本領事館に向かった。城田先生が手配してくれている、ウィンドベーン(自動操舵装置)のパーツを受け取りに行くためだ。

領事館に着いて、パスポートを見せ事情を説明した。すると、奥から梱包された細長い水中ベーンを持ってきてくれた。

「これでワッチ(当直)が楽になるな。」3人の正直な気持ちだ。

ホライズン号に戻り、セッティングする。もちろんピッタリだ。

「シャワールームがあったぞ。」翔一の話では、桟橋ピア39に停泊するヨットクルーは、幾ばくかのお金を払うとシャワー室の鍵を貸してくれるらしい。

僕たちは、早速シャワーを浴びた。

ウィンドベーンが直った。
シャワーを浴びてさっぱりした僕たちが、港でくつろいでいると、アメリカの若者が話しかけてきた。

僕たちも顔負けの、立派な髭を蓄えている。バックパッカーのようだ。

「このシャワーは使えるのかい?」

「僕たちは、桟橋を使っているゲストなんだ。誰でも使える訳じゃないみたいだよ。」僕は、若者に説明した。

この一言で、彼はガックリと肩を落とし立ち去ろうとした。よほどシャワーを浴びたかったのだろう。その落ち込み様を見た裕太が話しかけた。

「Wait!(待ちなよ)」

声をかけられて、振り向いた彼に裕太が続けた。

「黙ってりゃ分かりはしない。シャワー浴びておいでよ。」
裕太はこういうことに機転が効く。おそらく奴の長所だろう。

若者は、急に表情を明るくして「Really?(本当?) Thank you!」と言ってシャワー室に入っていった。

シャワー室から出てきた若者に、僕は言った。
「僕たちは日本からヨットでやって来たんだ。よかったらヨットでコーヒーでも飲まないか?」

若者はまた「Thank you!」と言って、付いてきた。
ホライズン号に戻り、コーヒーを入れた。若者も美味しそうに、コーヒーを啜っている。

名前はジムと言った。テキサスに住む、医大生だった。ヒッチハイクでロサンゼルスにいるガールフレンドに歩いて会いに行く途中、サンフランシスコに寄ったらしい。

彼女に会うために歩いてロスに向かう…。ジムに対して僕は好感を持った。目的(夢)を叶えるために、ジムも頑張っているのだ。

「どうだいジム。サンフランシスコからロサンゼルスまでの航路に付き合わないか?」僕が言う。裕太も翔一も反対するはずがない。

ジムに迷いはない様子だった。ヨットの旅は魅力的だったに違いない。何より彼女に会えることが嬉しそうだった。

僕たちは出航日を明後日に決めた。それまでサンフランシスコの街を散策し、観光を楽しむことにしたのだ。

この日のサンフランシスコは、雲が空を覆っていた。何となく嫌な天気だ。

僕たちは買い物に繰り出した。ヨットハーバーのピア39は、ショッピングモールにほど近く、買い物客や観光客で賑わっている。

僕はジムと一緒に行動した。憧れのアメリカで、革製のチョッキとバックを買った。

バックは東子へのお土産だ。西部劇に出てくる馬の背に乗せる鞍を、小さくしたデザインだ。ボーイッシュな東子はきっと喜んでくれる。

裕太と翔一は別行動だった。裕太が「レイバンのサングラスが欲しいんだよな。」と言っていたから、店に向かったのだろう。

僕とジムは買い物を済ませ、ホライズン号に戻った。先に戻っていた翔一が、僕を見つけて叫ぶ。「英希!来てくれ!」

何かあったのか?僕はホライズン号まで走った。ジムも付いてくる。
キャビンに入ると、寝台に裕太が横たわっていた。

顔に、明らかに殴られた跡があった。

「どうしたんだ?」翔一に聞いた。

「サングラスショップの若い店員と、もめてしまったんだ。」

「怪我してるじゃないか?」

「ああ、喧嘩になった。」

翔一の話では、入店したサングラスショップでショーケースに入った品物を見ていた時だ。
若い店員が、「何だ?お前たち買わないのか?」と言って、小さなナイフをチラつかせたらしい。

翔一が裕太に「出ようぜ。」と言って店を出た。すると、若い店員は店の入り口から「ジャップ!チキン(臆病者)!」と挑発してきた。

一度は帰ろうとした二人だが、喧嘩っ早い裕太がそれを聞き逃すはずがない。

「何だと、このヤロー!」と叫び、取っ組み合いになったというのだ。

翔一は必死で裕太を制止し、サングラス店の店主らしき年配の男が、若い店員を羽交い締めにして、騒動は治まった。

裕太は、その時いいのを二三発もらい、裕太も負けじと応戦した。若い店員は、体格のいい白人だったというが、そんなことに構う裕太ではない。

高校生の頃は、すこぶるヤンチャだった裕太は、やられたらやり返す。そんな男だ。日本人としての誇りが、奴のハートに火をつけたのだろう。

「ごめん…。ついかっとなってしまった…。」裕太は僕に謝った。許すも許さないもない。お前の性格はお見通しだ。

僕は、「ゆっくり休めよ。明日、出航する。」と告げた。

〜第39話 「港町の喧騒の中」完  次回「ワイルド・ジャイブ」

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