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【第40話】ワイルド・ジャイブ! 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***


翌朝、8時。ホライズン号は錨を上げ、ピア39を離れた。風は少し強いが、航行には問題なさそうだ。

よく晴れていた。ゴールデンゲートブリッジを再度くぐり、太平洋に出た。少し沖まで走り、南に舵をとった。

医学生のジムによると、裕太は口の中の裂傷(切り傷)以外は外傷がないということだ。

「腰を痛めているようだ。喧嘩して蹴られたのか、以前からなのか分からないが、腰痛がキツイらしい。」ジムは僕と翔一に言った。

確かに、裕太は寝台に寝転がったままだ。顔の傷は徐々に治ってきていることが伺えた。

カリフォルニア沖に出た。追い風が吹いていて、快適な航路になると思われた。ジムは船酔いなど無縁なようだ。時々、こういう人がいる。かくいう僕もその一人である。

久しぶりに、船上でカレーを作った。サンフランシスコで、新鮮な貝類を仕入れていたし、裕太を元気付けたい思いだった。

口の中はすっかり治っているようだが、元気がないのが気になった。

少し甘めのカレーライスを作る。貝類をふんだんに入れたシーフードカレーだ。そう言えば、今日は金曜日だったな。金曜カレーだ。

ジムも喜んで食べてくれた。カレーライスは初めて食べたらしいが、あっという間に一皿を平らげた。

裕太もよく食べてくれた。食べたら元気になるのは、昔も今も変わらない。

ロサンゼルスまで、5、6日の航海になるだろう。いい天気が続きそうだった。追い風だ。ホライズン号を後押しするように、波も後ろから立っている。
ホライズン号は時折、プレーニング(波乗り)状態になって滑走した。

スピードメーターが7〜8ノットを指した。こんなスピードは初めてだ。

ジムと裕太はキャビンの中だった。翔一と二人でコクピットにいる。僕が、舵輪を握っている。

瞬間的に、12、3ノットにはりが振れるようになった。
あまりに風が強い時、ウィンドベーン(自動操舵装置)は使い辛くなる。
反応が遅く危険なのだ。交代で舵を持つことにする。

どんどん風が吹きつのってきた。気圧計は高いままだ。風雨の心配はない。

だが、思いもかけない事が起きた。追い風で、しかも後ろからの波が強くなると、ヨットはローリングという状態に陥る。
動きが蛇行し始め。左右に激しく船が傾くのだ。

ある意味危険な状態だ。

本来なら、もっと早くメインセールをリーフ(広さの調整)する必要があった。だが、リーフするためには、ヨットを風上に向けないと不可能だ。
このスピードの走りで、船を横に向けるのはとても危険である。

「調子に乗りすぎたな。」僕は自分自身に向けて呟いた。

ホライズン号は、さらにスピードを増した。

早い。早すぎる。

舵を持つ手も真剣だ。

僕は翔一に言った。「ワイルドジャイブに気を付けろ!」
翔一が大きく頷く。
強い追い風のセーリングで、最大のリスクはワイルドジャイブだ。

左右どちらかに大きく開いて走っている帆が、ローリング(横揺れ)により舵の効きがすこぶる悪くなる。

すると進路が振れて、メインセールに裏風が入り、反対側にいきなりブーム(マストの付根から伸びる帆桁)ごと大きくセールが移動する。

その時アルミ製のブームで、頭を打ったり、怪我したりするのだ。最悪の場合、衝撃で落水することもある。夜間だと救助が困難で死に至る。
これがワイルドジャイブだ。

必死に舵輪を握り、船を操る。
次の瞬間、追い風と追い波でホライズン号は大きくローリングした。その時だった!

バキッ!

ブーム(帆桁)が真ん中から真っ二つに折れた!
それでも、メインマストにセールは上がったままだ。そのためセールが張り付いたまま風を受けて、スピードは落ちない。

音に気づいた裕太が、デッキに出てきた。翔一は、メインマストにしがみついて何とかセールを畳もうとしている。

ジムは青ざめた顔で、デッキから外を伺っている。

「とにかくメインセールを降ろすんだ。」僕は裕太と翔一に言った。

ホライズン号のエンジンを始動させた。ジワジワと船首を風上に向けるためだ。
時折横向きの波をモロに被る。飛沫が全身に襲いかかる。

ゆっくり、そして慎重にメインセールを降ろした。
風の強さが尋常ではないことに、やっと気づいた。追い風だったために、全く気付かなかった。

風上に船首を向けた瞬間に、強烈な風を知ったのだ。

「こんな強風の中、ホライズン号はフルメインセールで走っていたのか…。」

訓練と経験は、それなりに積んできたつもりだった。数々のピンチも乗り切ってきた。だが、ヨット操船の奥はまだまだ深いのだ。

完全に晴れ渡った空、そして追い風と追い波。その快適さに麻痺していた。
結果、現場判断を誤っていた。

未熟だ…。「城田先生。僕はまだまだ青二歳です。」心の中でそう呟いた。

ジブセール(前帆)のレギュラー(通常)ジブからストーム(荒天用)ジブに切り替えた。

強風で海は荒れている。その中でのセール交換は危険を伴う。だが、僕たちには何よりチームワークがあった。何とかセール交換を済ませて、ホライズン号の進路を南に向けた。

もう、ワイルドジャイブの心配はない。だが折れたブームが惨状を物語っている。
ストームジブだけで、ホライズン号は滑走し続けた。

「ブーム。どうする?」裕太が聞いてくる。

「とりあえず、ロサンゼルスに着いたら考えようか。」
実際、疲れていた。すでに夕暮れだ。夜間の出来事でなくてよかった。それだけだ。

長い、長い1日が暮れていく。

〜第40話 「ワイルド・ジャイブ」完

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