【第45話】友…Catch you later. 『彼方なる南十字星』
日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***
アラワイ・ヨットハーバーのホライズン号に戻った。裕太も翔一も、笑顔で迎えてくれた。
「大変だったな。だが治って良かった。」翔一の言葉に救われた。
裕太も喜んでくれたが、何か様子がおかしいことに気づかない僕ではなかった。
「話があるんだ。」裕太が、荷物を整理している僕に声をかけて来たのは、翌日のことだった。
曇り空で、ハワイ特有の青い空が見えない。
キャビンの中で3人。久しぶりだ。翔一がコーヒーを入れてくれた。
裕太が口を開いた。
「これまで3人で力を合わせて頑張って来た。実は俺、満足しているんだ。実際、ハワイまでやって来れるなんて信じられなかった。そんな憧れの場所だ。」
しばらく沈黙があった。僕はコーヒーを啜った。うまいが、少し苦い。
裕太が続ける。「もう夢は達成できたんじゃないか?」
僕は少し衝撃を受けた。予想していたことだが、何となくショックだ。
「もうこれ以上南に向かわず、ハワイから日本に帰らないか?」
僕の頭の中に、走馬灯のようにこの10年間が駆け抜ける。
2週間の留守で、僕ひとり祖国日本の地を踏んだ。恋人である東子にも会うことができた。二人には心配もかけた。迷惑もかけた。
心から申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
僕はその提案を受け入れた。
「分かった…。そうしよう…。」
夜、僕はハーバー内を歩いた。ひとりになって考えたかった。
15歳の時に誕生した夢を、ここまでやって来れたのは、誰に対しても誇れることだと思う。
あいつらの言うことは理解できる。
僕だけが、日本に帰っているのだ。あいつらだって、恋人や家族に会いたいはずだ。里心がつくのは当たり前だ。
僕だけが熊本に帰り、恋人や家族に会ったこと。それは僕の負い目だった。
何度も、何度も考えて、自分を納得させようとした。
ハーバー内は静かだ、時々、停泊しているヨットが波で揺れ、チャプッ、チャップッと音を奏でる。
ふと、父さんの顔が浮かんだ。「お前はそれで納得するのか?」そう言われている気がしたのだ。
納得?納得できていないことがあるよ、父さん。
「俺はまだ、南十字星を見ていない。」
南半球まではまだまだ遠い。
南十字星も季節によっては、ハワイでも確認できる。
だが、本当に美しく荘厳な南十字星は、南半球に行かないと見えないのだ。
結論はひとつになった。後悔はしたくない。
明日、裕太と翔一に話そう。今、有り金を3等分すれば、それぞれが日本に帰る費用はある。
翌朝。裕太と翔一に向き合って切り出した。
ホライズン号のデッキである。いい天気だ。セーリングするなら絶好の日和だろう。
「自分の病気のために迷惑をかけて、本当にすまなかった。お前たちが言うように、このままホライズン号の進路を日本に向けて航海を続けること。昨日は承知した。だけど俺達はまだ、南太平洋に入った訳ではない。」
裕太も翔一も、真剣に耳を傾けてくれている。時おり頷きながら。
「あの暑い日を思い出すんだ。裕太の部屋でのこと。地球儀を回しながら、誕生したこの夢。終着点は南太平洋だった。そこで見る南十字星を、この目に焼き付けていない。」
僕は続けた。
「このまま帰ると、俺、一生後悔すると思う。だから、もし許してもらえるのなら、俺だけでも航海を続けて南太平洋に行きたい。」
そして、絞り出すように二人に対して思いを伝えた。
「今、有り金を分けると、飛行機で日本に帰ることもできる。」
しばらく、沈黙があった。
そして裕太が口を開いた。
「実は俺、航海中ずっと腰が痛くて辛かったんだ。長距離運転手の持病みたいなものだ。それに、サンフランシスコで喧嘩した時、腰あたりをひどく蹴られた。これ以上、痛みを堪えて続ける自信がないんだ。」
裕太は辛そうに、そして真剣な表情で言った。「俺は…日本に帰るよ。」
今度は翔一が話し始めた。
「ハワイで1ヶ月近く滞在した。航海計画を変更して、短くしないか?そうしてくれるなら、続けてもいい。」
僕は二人に頭を下げた。「ありがとう。本当にありがとう」
何より裕太が、ホライズン号での航海を許してくれたこと。これが嬉しかったのだ。
このままホライズン号で日本に帰ったら、もしかしたら彼らを恨んだかも知れない。そうならない選択をしてくれた仲間に、心から感謝した。
僕は翔一と一緒に、航海計画を変更した。
マルケサス諸島とタヒチを外し、ニュージーランドとオーストラリアを省いた。
残念な選択ではあったが、全ては僕が原因でもあった。
それに、南半球のサイクロンシーズンも考えると仕方なかった。南半球はこの時期、大型台風が連続して発生するためだ。
僕と裕太、翔一の3人での15歳からの夢は、ここで終わった。
久保裕太。僕の人生で、最高の親友と言っていい。中学校の頃から、一本気でストレート。熱い想いに正直な男だ。
決して強がって、自分よりひ弱な者に対して高圧的にならない。だが売られた喧嘩は必ず買う。そんな裕太は、それからも僕の人生に多大な影響を与えてくれた。
高砂の造船所で、汗まみれになってホライズン号を造っている時、「俺たち、いつか有名人になるかもな…」と話した頃が昨日のようだ。
40年後の今日でも、お互いに刺激し合い、励まし合い、人生を高め合う存在として、友情を育んでいる。この友情は、死んでも続くだろう。
ありがとう。裕太。
翌日、トニーが車で空港まで連れて行ってくれた。
別れ際、お互いに熱い握手を交わす。
「生きて帰ってこいよ。」裕太が言う。「ああ、もちろん。約束だ。」
帰ったら、思いっきり飲むぞ。どうか裕太も元気でいてくれ。
裕太が乗った飛行機が、ホノルル国際空港を飛び立つ。青い空に、小さく小さく吸い込まれていく。
ありがとう裕太。また会おう。
僕たちは、ホライズン号に戻って次の航海の準備に入った。
〜第45話「友…Catch you later.」完 次回「人間とやさしさと…」
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