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【第46話】人間とやさしさと… 『彼方なる南十字星』
日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***
僕たちは、南太平洋に向けた出港日を3日後に決めた。10月5日だ。
食糧の積み込みをしていた時だ。トニーがホライズン号にやってきた。
「やあ、トニー。」
「……。」返事がない。いつもの陽気なトニーと少し違う。
「元気ないな。どうしたんだい?」翔一が言う。
「二人に聞いて欲しいことがあるんだ。」
「何だい?あらたまって。」僕は、努めて明るく振る舞った。
「ユウタが日本に帰った。これからも2人で航海を続けるんだよね。…。もし、良かったら、僕も一緒に航海に連れて行ってくれないか?」
僕は翔一と顔を見合わせた。驚いたからだ。
「トニー。大学はどうするんだい?」僕は尋ねた。素朴な疑問だ。
ハワイ大学の工学部で、建築工学を学んでいたトニーは、ヨットにも詳しい。
シアトルのお父さんが所有していたヨットに乗っていたためだ。
クルーとしては、問題ない。だが、生活費はどうするのか。
僕は提案した。
「裕太が帰る時、ホライズン号の有り金を3等分したんだ。裕太は、自分の金額を持って帰国した。その同額のお金を出してくれるなら問題ないよ。」
トニーの顔が、パッと明るくなった。
「大丈夫。お金は何とかするよ。本当に仲間に加えてくれるんだね。」
「水臭いな。ずっと前から仲間じゃないか。」
「Thank you. Thank you very much.」
「ちゃんと、両親の許しをもらってこなきゃ無理だよ。」翔一は、この辺りが几帳面だ。
「Sure!」トニーは喜び勇んで帰っていった。
翌朝、再びトニーがやって来た。表情が明るく、とても嬉しそうだ。
「Good morning!トニー。」僕は言った。「両親の了解はもらったかい?」
即座にトニーが答えた。
「うん。許してくれた。それに親から資金も借りることができたよ。」トニーは心から嬉しそうだ。「これで、一緒に行けるんだね?」
「もちろん大丈夫だよ。じゃあ、トニー。これからはホライズン号のクルーだ。2日後の朝9時に出航だ。準備しておいで。」
船長として、最初の指示になった。
トニーは、姓を西村と言った。
トニー・ニシムラは、私達と同い年の日系3世である。
3世ともなると、日本語が話せない若者が多い。だが、トニーは日本語が片言だが上手い。
もともとインテリで、知識も豊富。何より、順応性を感じていた。
「僕のルーツは、クマモトだ。日本、そしてクマモトに行ってみたいんだ。」
トニーは、自分のルーツである日本の国に行ってみたい。それに熊本にも行きたいということだった。
なるほど。僕たちは日本で生まれた生粋の日本人だ。だから、きっと分からない部分がある。
アメリカで生まれ育った日系3世の若者には、複雑な思いがあるのかも知れない。
出航を明日に控え、僕はひとりホノルルの街を観光も兼ねて散策した。
僕には、どうしても行ってみたい場所があった。
パールハーバーである。
太平洋戦争(大東亜戦争ともいう)が勃発したきっかけになった真珠湾攻撃。
当時は、奇襲による騙し討ちを日本軍が断行したという教えが一般的だった。学校でも、そう教えられていた。
だが、生前の父から「あれは、騙し討ちなんかじゃない。日本人は元来、そんな卑怯なことはしない民族だ。」と言われて育った。
もちろん、当時は真相を知ろうはずもない。だが、戦争という悲しい歴史の中で、亡くなって行った両国の英霊に、せめて手を合わせようと思ったのだ。
僕は、アリゾナ・メモリアルに向かった。
そして、記念館の中で「二度と戦争など起きないように…」と祈った。
この旅を通じて、僕は実に多く人と知り合った。ご縁があった。そして多くのことを学んでいる。
机上の空論ではない。
人と触れ合い、人の価値観を知り、認め、優しさに触れ合う。生きた学びだ。
人は優しい。優しくなれる。それが人間だ。
長い航海を通じて、何となく思っていた仮想が確信に変わっていく。
出港の日になった。
トニーのお姉さんのエミリーとケインさんが、見送りに来てくれた。
「これを是非持っていって。水分と栄養分を同時に摂れるわ。」
エミリーがくれたのは、枝付きのライチとドラゴンフルーツだった。
クリスマスに開けて欲しいと言って、小さな箱も渡してくれた。
ケインさんからは、包帯やテーピング。胃腸薬や痛み止めなどの薬をもらった。
ホライズン号は静かに桟橋を離れる。
エミリーとケインさんが、桟橋で見守ってくれている。トニーが涙を流している。
アラワイ・ヨットハーバーをあとにした。
青い空に浮かぶ、小さなわた飴のようなちぎれ雲。波は少し高い。2mくらいか。
さらば、ハワイ。
ここまで3人でやって来たが、これからも、3人での航海が始まることになった。不思議な旅だ。
後年、この出来事を回顧する時、僕は世の中の必然性を考える。
僕は、翔一と2人での航海に不安を感じていたのだ。翔一を信頼していない訳ではない。
ワッチ(当直)を2人で回すのは、かなりのストレスなのだ。
仮に1人であれば、命の危険性も自らが許容すればいい。
だが、翔一という大切な友人の命を預かりながらの2人旅は、不安しかなかった。
そこに現れたのが、新しいクルー。トニーだ。しかも、打ち解けた友人である。
渡りに船とはこのことを言うのだろう。
夢の約束。
きっと自分自身に課した、この約束を果たそうとする信念が、トニーという新しいクルーに引き合わせたのだ。僕は今でもそう信じている。
〜第46話「人間とやさしさと」完
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