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【第50話】Big geme!トニー 『彼方なる南十字星』
日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***
サモアを後にした。次の目的地はフィジーである。
フィジーに向かう途中で、1月21日になった。誕生日を迎えたのである。僕は26歳になった。
夢の誕生から10年以上経過したことになる。
僕はこうして夢を叶え、南太平洋を航海している。
「英希。誕生日おめでとう。夢を叶えて誕生日を迎えるとは、お前らしいな。」翔一が言う。
「ハッピーバースデー!」トニーからも言葉をもらった。
「冷たいビールでもあれば、最高なんだが…。コーラでもいいな」僕の正直な気持ちだ。
航海中は、何せ冷たい飲み物にありつけない。そこが辛いところだ。
空は相変わらず晴れ渡っているせめて、航海を楽しもうということになり、久しぶりにトローリングをした。
濱田社長からもらったトローリング用のロッド(釣竿)を、キャビンから出した。
1本をトニーに渡す。テグスに疑似餌を付けた。イカを模した疑似餌だ。
トニーとのトローリング勝負だ。
南太平洋では、魚がスレていない。かなりの確率でヒットする。
トニーに、「Big game!」と伝えた。トニーは親指を突き出した。「勝負だ!」
しばらくすると、僕のロッドがしなった。掛かった!すごい勢いで、ドラグが持っていかれる。
魚がジャンプした!「シイラだ!」翔一が叫ぶ。1mはあろう。まずまずの大きさだ。
シイラを船上に上げた。95センチ。
続けてトニーのロッドにヒットした。これもかなりの大物のようだ。
「I did it!(やったぞ!)」トニーは必死にリールを巻く。
魚が大きくジャンプした。フェンシングの剣のような鼻先。カジキだ!
カジキのジャンプは豪快だ!空中を泳ぐようにジャンプする。
トニーは必死に格闘していた。10分ほど経過しただろうか。弱ったカジキが上がってきた。
2m近くある、立派なマカジキだった。ツノの付け根まで1m20センチ。
トニーの勝利だ!「I win!」誇らしげに笑うトニーに、僕は笑顔で「I lose .」と返した。
僕たちの間で、トニーとの友情はもはや揺るぎないものになっていた。裕太がいなくなった今、トニーは立派なホライズン号のクルーだ。
僕たちは、釣り上げたマカジキのツノをナタで切り落とし、捌いた。
まずは刺身だろう。オレンジ色の腹身は、たっぷりと脂が乗っている。
翔一がキャビンから、ラム酒を持ってきた。
「俺からの誕生日プレゼントだ。ハワイでこっそり調達していたんだ。」
親友のサプライズが嬉しい。「ありがとう。翔一。」
マカジキを大雑把にぶつ切りにして、手掴みで食らいつく。九州の甘めの醤油がとてもよく合うのだ。
口に入れた途端、脂の旨味が口に広がる。「うまいな。」
残りの腹身は、フライや焼き魚にして味わった。サモアで肉ばかり食していたから、ホライズン号で食う新鮮な魚は、とても美味だ。
ラム酒のストレートにマッチする。ラム酒をチビチビとやりながら、新鮮なマカジキの刺身を味わった。
背身は細く切って干し魚にした。切り身を網で作られた天日干し用ケースに入れて、バースに吊るす。
炎天下だ。干し魚はその日のうちに出来上がる。3時間ほど干しただろう。
すっかり硬くなって立派なフィッシュジャーキーが出来上がった。
舵輪を握りながら、出来立てのジャーキーをかじった。「うん、悪くない。」
食べているうちに、程よい塩気が病みつきになった。
ジャーキーを前歯で引きちぎり、引き裂く。
瞬間、ガキっという音がしたかと思ったら、左の前歯が折れた。しかも、折れた歯が海に飛んでいく瞬間が見えた!
僕は航海中、手にとることがなかった鏡を持ち出し、自分の顔を恐る恐る見た。
プッ!自分の顔の間抜けさに、思わず吹き出す。
当然だが、翔一とトニーも爆笑された。困ったぞ。
「仕方ないな。」僕は呟き、エポシキパテを使って入れ歯を作ることにした。元々手先は器用だ。何とかなる。エポシキパテは、色が緑がかっている。だが贅沢は言えまい。
半分以上欠けたままの間抜けな面よりマシだ。絶対に。
何とか形作り、接着剤で付けた。
見た人は、目の錯覚だと思うだろう。そう思われる方がいい。そのためにあまり笑わないようにしよう。
笑ったとしても、一瞬で口を閉じることだ。
完璧なはずだ。そう思い、翔一とトニーに見せた。
そして、爆笑された。案の定だ。
フィジーに着いたら、歯医者に言って応急処置をしよう。
僕にとっては一生忘れない、南太平洋上の誕生日になってしまった。
数日後のことだ。ホライズン号はフィジーに向け、静かにセーリングで進んでいた。
舵輪を持っているのは翔一だ。僕は、裕太の定位置だった船首に立ち、海を眺めている。ふと、前方やや右舷側の海の色が異様なことに気づいた。
海の色が緑色なのだ。しかも、バスクリンを入れたお風呂のように、鮮やかな緑色なのだ。
「珊瑚礁の浅瀬があるのかも知れない。」翔一が言う。
「海図には、浅瀬のことは描かれていないぞ」僕は答える。
僕は、海底火山かも知れないと考えていた。海底火山が噴火すると、化学反応で海の色が鮮やかな緑色になることは聞いていた。
広さは、野球場以上だ。
僕たちは、変色した海面を避けてフィジーを目指した。
〜第50話「Big game!トニー」完 次回「Our Turning Point!」
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