【第43話】グリーンフラッシュを見たかい 『彼方なる南十字星』
日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***
トニーはハワイ大学の3年生だった。建築工学を専攻しているという。ホライズン号を見て、「Fantastic!」と叫んだ。
ハンドメイドでホライズン号を作った僕たちに、トニーはとてつもない親近感を抱いてくれたようだ。
キャビンに入り、コーヒーを入れた。トニーは、ホライズン号が僕たちの自作ヨットだということに、とても驚愕している様子だ。
製造方法や工程、かかったコストなどについていろいろ聞いてきた。
隠す必要は何もない。僕たちは、ホライズン号を誕生させた思い出を回顧しながら語った。
トニーと僕たちは、すっかり打ち解けることができた。「日本。行ってみたいな。」とトニーは言った。
ハワイには、彼のお姉さんも結婚して住んでいるということだ。キタムラさんが連絡を入れてくれていたようで、トニーのお姉さん家族から夕食のお誘いがあった。
トニーの車に乗り込み向かう。トニーのお姉さん家族は、ワイキキの奥に見える山の中腹に住んでいた。大きくておしゃれな一軒家だった。
お姉さんの名前は、エミリー。ご主人は医者で、ケインという。
家の庭からは、ワイキキの街と海が一望できた。庭でバーベキューを催してくれるようだ。
「海に太陽が沈む時に、一瞬だけど太陽の光が緑色に光るのよ。」エミリーが教えてくれた。「グリーンフラッシュという現象なの。」
ハワイにやってきた思い出を、もっと刻みたいと考えてちた僕たちは、目を凝らして日没を眺めた。
完全に水平線に沈む瞬間だった。太陽が緑に変色し沈んだ。
「見えたぞ!」裕太が叫ぶ。「神秘的だ。」
それはほんの1〜2秒の現象だった。残りわずかになった太陽の破片が、緑色に光った。
沈み行く太陽が「また明日ね。」そう言っているようだった。
エミリーの家族とトニー、そして僕たちはガーデンでバーベキューをし、当時流行っていたジャクソン・ブラウンの音楽を聴きながら楽しい時間を過ごした。
エミリーご家族と僕は、40年後の今でも交流がある。最近では、SNSを通じて様々なやりとりをしている関係だ。
時々、ご夫婦で日本にやってくる親日アメリカ人だ。
「日本の美しさ、日本人のメンタリティは素晴らしい。」そう言ってくれる。
僕はその感想を聞くたびに、日本人として誇らしい気持ちになる。
だが、僕は思う。アメリカ人の大らかさや包容力も本当に素晴らしい。世界のリーダーとして君臨するアメリカの奥深さを、心から感じることができる。
夜遅く僕たちは、トニーに車で送ってもらい、エミリー夫妻の自宅を後にした。
オアフ島でトニーは、様々な観光地に車で案内してくれた。
ある日、オアフ島の北側にあるノースショアに行った。ノースショアは、世界でも有数の良い波が立つサーファーのメッカである。サーファーは、海岸沿いに住み込みサーフィンを楽しむのだ。
僕たちも、ワイキキビーチでサーフィンに挑戦した。まだここで波に乗れる腕ではない。
サーファーたちが、鮮やかにサーフボードを操る姿は見事だ。
あんなに乗れたら楽しいだろうなぁ。
僕は海を見ながら、平川先輩とウィンドサーフィンを楽しんだ頃を思い出した。
20歳頃から、平川先輩に教えてもらったウインドサーフィン。
兵庫県初代チャンピオン。琵琶湖で行われた、関西地区レースで総合準優勝。兵庫県2年目も優勝し連覇。この実績は、僕のちょっとした自慢である。
しかし、サーフィン自体は素人だ。大きな波に立ち向かい、鮮やかに波に乗っているサーファーたちを、僕たちはただただ羨望の眼差しで眺めた。
ハワイに来て3週間が経とうとしていた。
まだ朝日が登らない時間、僕たちは、ハワイ島に向けて出航した。
美しい日の出を、ハワイの海の上で見たいと思ったのだ。
9月下旬だ。日の出は6時過ぎ。
ハワイの海からじわりと陽が登ってくる。オレンジ色の空。澄んだ空気。美しい凪の海。
この世のものとは思えないような景色だ。
ハワイ島を一周した。最大の目的は、キャプテンクックの記念碑を海から眺めることだった。
船乗りとして、敬愛の気持ちを込めて表敬訪問することにしたのだ。
18世紀に世界中を航海した、キャプテンクック。先住民との争いで、ハワイ島にて落命している。
僕たちは、できるだけ島に近づきアンカリングした。そして、テンダーボートを漕ぎ出し、モニュメントを眺めた。
手を合わせ、これからの航海の無事を祈る。
その後、ハワイ島を一周して帰路についた。
オアフ島に向かっている途中だった。僕は、体の調子が何かおかしいことに気づいた。
船酔いしたのだ。僕は自慢ではないが、生まれてこのかた船酔いらしきものは、後にも先にもこの時だけだ。
船酔いらしきとは、普通の船酔いとは何かが違ったからだ。
へその右側あたりが、しくしくと痛い。
僕はバース(寝台)からむっくりと起き、キャビンから出た。そしてスターン(船尾)の手すりに捕まり、吐いた。おかしいな。こんなことは初めてだ。
キャビンに戻り、再度バースで横になった。
次第に痛みが強くなっていく。意に反し「う〜ん」という声まで出る始末だ。
異変に気づいた翔一が、「どうしたんだ?大丈夫か?」と声をかける。
それから2時間ほどだろうか。バースでのたうち回った。
裕太も心配してきた。「らしくないな。船酔いなどしないのが、自慢だったんじゃないのか?」
「船酔いじゃないようだ。この痛みは。」僕は生返事で答えるのがやっとだ。
〜第43話「グリーンフラッシュを見たかい」完 次回 第44話「祖国、故郷、かけがえのない人」
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