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エピローグ 『彼方なる南十字星』

湯島に向かうドルフィン二世号の舵輪を握りながら、私はトニーのことを想っていた。

数日前のことだ。トニーのお姉さんのエミリーとSNSで繋がった。便利な世の中になったものだ。

そこで、私は悲しい事実を知った。

20年前に、トニーが亡くなっていたということだった。癌だったらしい。

トニーとの手紙のやり取りは、いつの間にか途絶えていた。

トニーは最後まで、南太平洋の航海に誇りを持ち、もう一度ヨットで大海原を駆け回りたいと話していたそうだ。

亡くなったのは45歳。まだ若くして逝った友人の冥福を、私は心から祈った。


湯島についた。桟橋に、ドルフィン二世号をもやう。

湯島は人口が250人ほど。猫が多く、人口より猫の数が多いとも言われている。

私は、この島にフリースクールを設立する計画を進めている。
今日は、建物を所有するオーナーの方と、湯島で打ち合わせがあるのだ。

「こどものくに」。この島をそんな素敵な場所にしたい。

私の人生の集大成だ。
これは、城田先生の願いでもあった。城田先生は、4年前に他界されていた。弔辞は私が読ませてもらった。先生の奥様からの、たっての願いだった。

「若い人たちを応援する活動を続けてほしい。」先生のこの願いを、私は残りの生涯をかけて全うするつもりだ。

ヨットはセラピー効果がある。このことは、科学的にも証明されつつある。若者を心から支援する活動は、私のヨット経験がきっと役立つはずなのだ。

また、この島には「湯島大根」という美味しい大根が採れる。この土地特有の土壌で育った、甘さ際立つ希少な野菜なのだ。
私には、「こどものくに」で湯島大根をブランド化させたいという夢もあった。

湯島の高台から見る海の美しさを味わいながら、「こどものくに」の夢を馳せた。

美しい。この美しい自然と海を舞台に、子供たちのために奔走しよう。

私も65歳になろうとしている。人生が80年だとすれば、あと15年だ。
だが、まだまだ負けるわけにはいかない。自分自身との勝負に…だ。

熱い想いと不屈の精神。これだけは死ぬまで磨き上げようと思う。

今日の湯島上空は、雲ひとつない秋晴れだ。トンビが優雅に舞っている。

帰りのセーリングもきっと気持ちがいいだろう。

進もう。セールを思い切り広げて…。

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