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【第38話】夜光虫のエールを受けて… 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***


翌日は、花火大会があるらしい。
「行ってみないか?」ロバートさんの誘いに、僕たちは小躍りした。

僕たちはシーガル号に乗せてもらい、会場に向かった。たくさんのマイボートが集結していて、みんなデッキで飲み、食べ、そして歌っている。本当に楽しそうだ。

バンクーバー。イングリッシュベイで行われるこの花火大会は、現在でも国際的なイベントになっている。

毎年、国別で花火の技術や美しさが競われるのだ。当時はそんな情報など知る由もなく、海からヨットで味わう花火の美しさに見惚れた。

とにかく圧巻だった。花火は日本独特の文化だと思っていたが、なんのアメリカ大陸の花火大会は迫力と数が違う。

「すげえ!」3人とも、この言葉しか出てこない。
ロバートさんは、シーガル号の上でサーモン料理を振る舞ってくれた。白いワインを開けて乾杯だ。

白ワインにスモークサーモンがとてもよく合う。最高の時間を過ごすことができた。

バンクーバーは、国際的な観光都市である。ヨットハーバーは街に近く、僕たちは街中に繰り出して、観光も楽しんだ。

夜は特に綺麗だ。まるで宝石を散りばめた様な夜景。
朝はセントラルパークを散歩してみた。

初めて見る街の風景や、文化。世界は広い。まだまだ知らないがたくさんあるものだ。

広い世界観を持つことの大切さ。世界の広さに比べたら、人間の悩みなどちっぽけな存在に過ぎない。

もっともっと広い世界を見てやろう。航海はまだまだ続く。


バンクーバーに別れを告げて、ホライズン号は南下を始めた。出航して間もなく、重大な問題が起きた。

操船を自動に切り替えようとした時だ。ホライズン号が、蛇行するような感覚があった。
自動操舵が効かないのだ。

見るとウィンドベーン(自動操舵装置)の水中部分のパーツが、いつの間にか無くなっている。

「おい、自動操舵の水中部分が無くなっているぞ!」ワッチをしていた翔一が叫んだ。

「何だと?」見ると、水中で舵とつながっているパーツがそのまま無くなっていた。
全く気づかなかった。

「いつ外れたんだ?」裕太も素朴な疑問を呟く。

ホライズン号のウィンドベーンはフランス製だ。すぐには手に入らない。

「どうする?船長?」裕太が聞いてきた。

ウィンドベーンが使えないとなると、24時間ずっと誰かが舵を持たなくてはならないのだ。
これまでは、ウィンドベーンに任せて居眠りしても大丈夫だった。

困ったぞ。とっさに僕の頭に浮かんだのは、城田先生の顔だった。ドルフィン号の整理整頓された道具、整備されたパーツ。相棒であるホライズン号のパーツを、無くしてしまうとは…。

定時交信の時に、僕は城田先生に相談した。自戒の気持ちも込めてだ。

先生は、「長い航海。そんなこともあるんだ。そんな時は、遠慮なく私を頼ってくれればいい。そのための交信なのだから。」そう言って、いつもの穏やかな口調で語りかけてくれた。

「販売店には連絡を取っておくよ。サンフランシスコの領事館宛に送るから、着いたら取りに行くといい。」
ずっと僕たちの夢を見守り、サポートしてくれている城田先生。「サンフランシスコまでの航海は、辛いだろうが頑張りなさい。」

僕たちは、先生の優しさにまた助けられた。感謝してもしきれない。

サンフランシスコまでの航海は、交代で誰かが舵を持った。当然だが、ワッチ(当直)が辛く、オフが待ち遠しい。
ウィンドベーンの存在は大きかった。失ってはじめて分かるものだ。
船の点検や整備は、やはり大切なのだ。

サンフランシスコに向かう航路。夜、僕が舵を握っていた時だ。当然だが、あたりは闇。吸い込まれそうな闇の中で、右舷から何かの声らしい音を聞いた。

キューイー。キューイー。

何だか絞り出すような高い音だ。もしかしたら鯨の鳴き声かも知れない。
海の上でこんな大きな鳴き声を出すのは、鯨くらいだろう。何とも物悲しい声だ。

ある時は、穏やかな月夜の中での夜光虫に遭遇した。
ホライズン号は、静かな凪の中で心地いいほどの風を受けながら航行していた。

ふと気づくと、ホライズン号の船首が砕いて起こす引き波が、緑がかった淡い光に覆われている。
月明かりだけの暗闇の中、黒々とした海に、ホライズン号の航跡がいつまでもいつまでも青白く光っていた。

幻想的とは、この時のことを言うのだろう。まるで、僕たちの航海を見守ってくれているような感覚に浸った。

これまで、凪状態での夜の航行はウィンドベーンに任せていた。そのため、こんなにたくさんの夜光虫を見ることはなかった。

ウィンドベーンの故障がもたらしてくれた、心癒される出来事だった。

僕たちは、何とかサンフランシスコにたどり着き、ゴールデンゲート(金門橋)をくぐった。

ヨット乗りのレジェンド、堀江謙一さんもこの橋をくぐってサンフランシスコにゴールしたのだ。堀江さんの著書「太平洋ひとりぼっち」は、これまで穴が開くほど読み込んだものだ。

堀江さんと同じように、僕たちもこの橋をくぐることができた。やはり感慨深い。

ホライズン号は、フィッシャーマンズワーフの隣のピア39という桟橋にもやうことができた。さすがに賑やかな街だ。

僕たちはこの街の出来事をきっかけに、航海の岐路を迎えることになる。

〜第38話 「夜光虫のエールを受けて…」完  次回「港町の喧騒の中」

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