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【第35話】ブロンドのソフィア 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***


城田先生との定時交信を済ませた。

シアトルの空は陽が傾きかけていた。今日も夕日がきれいだろう。
そんなことを考えながら、マイクさんのムスタングに乗って家に向かった。

20分ほど走っただろうか。シアトルの街を抜けて、住宅街に入った。
初めてみるアメリカの住宅街だ。

日本と違い、街並みも自由の空気が漂っているような気がした。美しい街だ。
マイクさんの家では、家族が待っていてくれた。

ソフィアが僕のところにやってきて、「Hi! Hideki!」と恥ずかしそうに微笑みかけた。
裕太が、嬉しそうに僕を肘で突いた。

いかにも実業家の家という、白を基調にした大きな家だ。オーウェンさんご夫妻も来ていた。すでにガーデンバーベキューの準備がしてある。

肉や海産物、そしてバドワイザー。最高のご馳走をいただきながら、心ゆくまで楽しい時間を過ごした。

僕は、ホライズン号からギターを持って来ていた。お礼に僕たちは、アリスの「ジョニーの子守唄」を披露した。
大いに歌い、大いに語り、大いに笑った、本当に楽しいひと時だった。


あれから40年経った今、人の幸せとは何か?を僕は考えることがある。お金があったら幸せだろうか?いや違う。
幸せとは、かけがえのない大切な人と素敵な時間を過ごすことなのだ…。

僕たちは、あの時本当に幸せな時間を過ごすことができた。今でもはっきりと思い出すことができる、最高のメモリーだ。

しかしあの時の幸せは、降って湧いて来たものではない。僕たちが汗まみれになってホライズン号を造り上げ、命がけで勝ち取ったものだ。

幸せも不幸も、全てが自分しだい。僕の価値観は、この時はっきりと形作られた気がするのだ。

マイクさんの自宅は小高い丘の上にあり、シアトルの街並みや港が見下ろせた。

僕は港の方を見ていた。裕太と翔一は、ご馳走に夢中だ。
ふと見ると、隣にソフィアが来ていた。ワインの入ったグラスを僕に渡す。

「歌、上手なのね。」

「サンキュ。日本ではよく、弾いていたんだ。」

「日本。行ってみたいわ。」そんなようなことを言ったようだ。

「ぜひ来るといい。案内するよ。」僕が返すと、ソフィアは嬉しそうに微笑んだ。

ウェーブがかったブロンドの髪が、とても美しい。

「太平洋での航海の話、もっと聞きたいわ。英希のこれまでの人生の話も。明日の夕方、時間ある?シアトルの街を案内したいの。」

「裕太と翔一に聞いてみるよ。」

「英希一人で来て欲しいの。」とソフィアは言った。

「分かった。」僕も微笑みながら返した。

時間と待ち合わせ場所を決めると、ソフィアは家の中に入っていった。

すっかり夜もふけ、マイクさんは自宅の運転手に、僕たちを送らせてくれた。

ホライズン号に戻り、それぞれの寝台に入り横になった。
僕は一人、明日のソフィアとのデートのことを考えていた。


翌朝ホライズン号に、日本人らしい外見の男性がやって来た。シアトルに住む日系2世で雑貨屋を何店舗か経営されているという。

男性は、ケン・モリカワと名乗った。

「良かったら、ランチを一緒にどうだい?ぜひ、ご馳走させてくれ。」嬉しい言葉だ。

もちろん、希望はステーキだ。ステーキレストランに案内され、一人500gものレア肉を頬張った。

アメリカの肉は、日本の肉ほどサシが入っていない。だけど僕たち3人は、アメリカのステーキを本当に美味しいと思った。

肉の味がしっかりとして、意外にさっぱりと食べられるステーキを、ゆっくりと咀嚼して味わった。

シアトルに来て、親切な出来事ばかり受ける。

僕たちは、こんなに良いことがあっていいのか?と心底考えるようになっていた。
ホライズン号で3人眠りにつく時も、「恩返しするには、どうすればいいか?」などと話し合うこともしばしばだ。

15時すぎ。日本時間の7時15分。定時交信の時、僕は城田先生に相談した。

「君たちの冒険が、人々の心を打つんだ。そして応援したくなる。3人とも若いんだから、遠慮なんかしてはいけない。却って失礼になるよ。ありがたく心を受け取りなさい。そしていつの日か、君たちのような若者が現れた時、真剣に応援してあげればいい。それが恩返しだ。」

前にも述べたが僕は後年、引きこもりの若者を応援する組織を立ち上げることになる。城田先生の、この教えから多大な影響を受けたことは間違いない。

ケンさんの話では、シアトルには日系人のコミュニティがあり、なかには熊本県人会もあるとのことだった。

何でも、県人会の皆さんがパーティを催してくれるという。明日だ。

僕たちは、この招待をありがたく頂戴することにした。


〜第35話『ブロンドのソフィア』完

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