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【第49話】肩車…そして、サザンクロス  『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***


この頃には、僕たちの天測の腕も上がってきた。かなり正確に、ホライズン号の位置を割り出すことができる。

通常は正午と午後2時に天則し、現在地を割り出す。
目的地が近くなると夕方だ。まだ水平線が見える頃、星を3点計り、海図上に三角形を描く。その中心点が船位置なのだ。

南半球に入ってから、曇り空が続いていた。時折遭遇するスコールはありがたかったが、カラッとしない天気が続くと、それも辛い。

夜になっても星を見ることができないのだ。当然、夕方の天則も正確性が鈍る。

この日は、12月24日だった。クリスマスイブを迎えたのだ。ここは南半球だから、当然だが雪は降らない。暑いクリスマスイブだ。

トニーが、お姉さんのエミリーからクリスマスに開けるように言われていた、包みを開いた。そこには、ドライケーキ(クッキー)が入っていた。しかも痛まない様に、しっかりと真空パックされている。

航海中は、普通スポンジケーキなど食べることができない。傷みやすいからだ。だが、エミリーからの贈り物は、僕たちには十分ありがたいプレゼントだった。

翔一が、キャビンからシャンパンを出してきた。海水に浸したタオルで覆い、ブーム(帆桁)に吊るした。こうしていると、気化熱現象で幾分冷やすことができる。

キンキンにとは言えないが、ぬるいよりましだ。少し冷えたシャンパンで乾杯する。

「メリークリスマス!」3人で叫んだ。


その日の夜は、満天の星空が広がった。

僕はホライズン号の船首に座り、静かに暮れ行く空を眺めていた。

夕方。だんだんと暗くなる空。それと引き換えに、幾千もの星が散りばめられていく。

朱色からオレンジの夕焼けの上に、水色、青、藍、濃藍と変わるグラデーションは見事だ。

美しい。地球の自然は何て美しいのだ。

南の空に、星座が見える。
半信半疑だが4つの明るい星が上下左右に離れ、その真ん中よりやや右よりに、一つ星が輝いている。

瞬間、確信に変わった。

南十字星だ!

同時に、忘れていた遠い記憶が呼び起こされた。

幼い僕は、父の肩車が大好きだった。父もよく僕を肩車に乗せてくれた。
たまに、落っことしそうに振るまったり、突然走り出して僕を驚かしてくれる。僕はその時のスリルが好きだった。

亡くなった父の年齢をとうに超えた今でも、父の肩車から観た風景をはっきりと思い出すことができるのだ。

4歳頃だったと記憶している。夏の花火大会での帰り道。

肩車の上の僕に、父は
「見てごらん、英希。星が綺麗だ。あれは北斗七星という。地球の北半分でしか見られない星だ。同じ様に南半分にも、そこでしか見られない星がある。南十字星だ。」と教えてくれた。

「星がきれい。」僕が言うと、「いつかお前も、南十字星をその目で見て来るといい。」父は笑いながら、そう言ってくれたのだ。

すっかり記憶の底に埋れていた、思い出が明らかに脳裏に蘇った。

知らず知らずのうちに、涙が頬を止めどなく流れる。

お父さん。夢を叶えたよ。お父さん…。

お父さんが亡くなる時約束した、「僕が後を継いで、医者になるよ」という言葉。
約束…果たすことはできなかったけど、僕、頑張って夢を叶えたよ。

これで…僕を認めてくれるかな。これで、僕を許してくれるかな。

優しかったお父さんは、心臓が止まるその瞬間でも、僕や家族の健康と幸せ、それだけを祈ったに違いない。

喜んでください、お父さん。南太平洋のど真ん中で、僕は正々堂々と生きています。

果てしなく長い時間、南十字星を眺めながら僕はいつまでも静かに感涙し、喜びを噛み締めていたのだった。


翌日。翔一も、昨夜は舵輪を持ちながら、南十字星を目に焼き付けたようだ。

「叶えたな。俺たち。」

一言、そういう言葉を交わしただけだ。
だが、男同士の会話なんてそんなものだと思う。僕と裕太と翔一。少なくともこの3人の会話はそうだった。

多くを語る必要はない。それでも気持ちを分かり合える。
死線を超えてきた者同士という、強い強い絆によるものだろう。
その絆は、きっと切れることがないはずだ。これからも…ずっと。

翔一とトニーを含めた3人で、これからの航路について話し合った。

サモアに入り、フィジーを目指す。その後はニューカレドニアを抜けてグアム、そして沖縄。奄美群島を経て鹿児島、そして故郷の熊本に入る。そう決めた。

10年来の夢は叶えた。あとは、無事に祖国の地を踏もう。トニーは、自分のルーツを辿るため日本に向かう。そんなことも語り合った。


サモアに入港する直前。僕たちはホライズン号の上で、正月を迎えた。1981年の初日の出を眺める。何という美しさだ。

「ハッピーニューイヤー!」僕たちは、少し錆び付いたコーラ缶を開けて乾杯した。

「餅をつかないか?」僕は翔一に言った。

「いいね。日本の正月はやはり餅にかぎる!」

トニーは「So good!」と言ってはしゃいでいる。

僕たちは圧力鍋を準備した。そして餅米を炊いた。日本から持ってきていた餅米は、この時のために取っておいたものだ。

炊いた餅米を、杵の代わりにした応急ティラーの先の部分でついた。なかなかコツがいるものだ。時間をかけて念入りについた。どうだ!立派な餅がつき上がったぞ。

早速、醤油に砂糖をまぶして、餅を付けて頬張った。

うまい。祖国の味だ。いつもと違う、正月ならではの食事と、夢の充実感。

何という幸せだろう。

人間は何のために生まれて来るのか?はっきりしている。人間は幸せになるために生まれて来るのだ。

南太平洋のサモア沖で、僕はまた一歩成長できたような気がした。

〜第49話「肩車…そして、サザンクロス」完  次回「Big  game!トニー」

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