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【第36話】See you again… 『彼方なる南十字星』


日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***


ソフィアとの待ち合わせ時間は17時だ。僕は二人に、「ソフィアとデートなんだ。」と告げて、ホライズン号を出た。

裕太は、「そうか、楽しんで来いよ。」と言ってくれた。こいつは全てを察している。一方の翔一は、何事か飲み込めずにいるようだった。

7月のこの季節。夜のとばりは20時頃になり、シアトルはとても過ごしやすい。そのために観光客も多い。暗くなるまで時間がある。

ソフィアは、ヨットハーバーを出たところにある、小さな噴水の側に立っていた。

真っ白いTシャツとレディースジーンズが、とてもよく似合っている。

「Hi!」とお互いに挨拶を交わし、僕たちはシアトル・センターに向かった。
ここには、スペースニードルという展望台がある。1962年のシアトル万博跡地に建てられた、シアトルのシンボル的なタワーだ。

展望台に登り、望遠鏡を覗いた。ヨットハーバーに向けると、わずかだが真っ赤なホライズン号が見えた。

ソフィアに教えてやると、「Beautiful!」と言ってくれた。ホライズン号を港に眺めた感想らしい。ソフィアらしい表現だと思う。そんなソフィアに惹かれていく自分にも気づく。

それから僕たちは、カフェテリアに向かった。僕はハンバーガーを食べ、ソフィアはホットドックを頬張った。
とても楽しい時間だった。ソフィアは、日本語を何となく理解できるようだ。大学では日本文化を勉強していたらしい。

日本について、航海について、ヨットについて、ソフィアにゆっくり話すことができた。

夕方には街がオレンジ色に変わっていく。シアトルは綺麗な街だ。
オレンジ色の通りを、人々が行き交う。観光客も多そうだ。

シアトルの街が暗くなっていく。店を出て、何となく僕たちはヨットハーバーの方に歩き始めた。途中でモーテルが見える。

僕はソフィアの方を見つめた。静かにソフィアも頷いた。お互いの気持ちをお互いに察したようだ。
モーテルのドアを開けるのに、躊躇はなかった。

ソフィアは美しく、抱き合ったときのブロンドの髪も本当に魅力的だった。

モーテルを後にして、ソフィアをタクシーに乗せ、僕はホライズン号に帰った。
すでに翔一は眠っていて、裕太だけヘッドライトを装着して読書をしていた。

僕が帰って来たのを確認して、「お帰り!」と囁き、手を軽く挙げただけだ。
やはりこいつは、全てを察している。裕太はごまかせない。


翌日僕たちは、シアトルの日系人熊本県人会の方々にパーティを催してもらった。
会場は、市内のホテルの中にあるレストランだった。

「君たちは熊本の誇りだ。気をつけて、無事の航海を心から祈っているよ。」
ほとんどの方々から、そんな激励の言葉をもらった。この日も僕たちは、ご馳走をいただき、とても素敵な時間を過ごした。

日系人のケン・モリカワさんは、日本の領事館で働いている外交官だった。
ケンさんは、ワシントン湖の畔に別荘を持っているらしい。

「別荘に遊びに来ないか?運河を渡ってくれば、ヨットでも行けるよ。」
断る理由など、どこにもない。

翌日、ケンさんを乗せて出航した。行き先はワシントン湖だ。
小さいが本格的な運河だった。きちんと前後を仕切り、水の量を調節しながら海抜の高い方へホライズン号を誘導していく

たどり着いた別荘は、水際の桟橋の奥にあった。ホライズン号をもやい、僕たちは別荘に向かった。

「釣りなんかどうだい?」ケンさんの趣味は、この別荘での釣りらしい。

僕たちは、桟橋から釣りをすることにした。ホライズン号からの釣りは、幾度も経験したが、湖での釣りは初めての経験だ。

狙いは、トラウト。つまり大型のニジマスである。

綺麗な湖だった。湖畔は穏やかで、水面は鏡のように澄んでいる。

僕たちはそれぞれ、ケンさんから借りた釣竿を握り、ニジマスを狙った。
タックル(仕掛け)は虫を模したルアーである。

翔一が掛けた。かなり大物だ。60cmはあろうか。
ケンさんは、トラウトを料理してくれた。豪快にベーベキューで食べる。

そんな日を翌日まで過ごし、僕たちはシアトルのヨットハーバーに戻った。

とても濃厚なシアトル滞在だった。明日は、シアトルを出る。


出航の準備をしていると、ソフィアがホライズン号に来た。

「行ってこいよ。」裕太が言う。僕は、ソフィアを連れて港を歩いた。

「いつか、日本に行くわ。その時は、日本を案内してね。約束。」湾内を眺めながら、ソフィアは悲しげな眼差しをしている。

「いいよ。分かった。行きたい場所を思い描いていてくれ。」

「Good bye Hideki. See you again….」ソフィアの頬に涙が伝う。

アメリカでの甘酸っぱく、幸せな思い出だ。


ソフィアと再会したのは、この時から30年後である。日本に家族で遊びにやって来た。
マイクさんとはその後も、手紙や電話でやりとりをしていたから、ソフィアが日本に来ることも掴んでいた。

ソフィアは、結婚し3人の娘の立派な母親になっていた。美しいブロンドの髪は相変わらずだ。スリムなジーンズがとてもよく似合っている。
子供たちもずいぶん大きく、長女はソフィアそっくりの美人だった。

ご主人は、船乗りだと言う。残念ながら、長い航海中で来日されてなかったが、彼女がご主人からとても愛されていることが伺えた。

僕はソフィアたち家族を、京都、大阪、神戸に案内した。シアトルでの約束を30年後に叶えてやれた訳だ。

幸せそうなソフィアを見て、僕は心から安堵した。

〜第36話 「See you again…」完

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