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【第48話】神の島と夢のかけら 『彼方なる南十字星』
日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***
エンジンの音と振動が不快だ。それに暑い。キャビン内の温度計は、37度を指している。
とても暑いが、機走で少しでも走っているため、いくぶん風を受ける。だが体温に近く、心地いいとは言えない。
丸2日。ひたすら南下した。どれだけ走っただろう。いつまでたっても、風は吹かない。
機械的な動力がなかった大航海時代、この辺りは地獄だったに違いない。
燃料が持つか…。直感に賭けてみた。そして、少し海面にさざ波が見えるようになってきたようだ。少し風らしきものを感じる。
「やっと赤道無風帯を抜けそうだ。」直感による判断が間違っていなかったことに安堵して、僕は二人に言った。
エンジンを止めてセール(帆)のシート(ロープ)を引き込んだ。風を受けてみる。セールがわずかだが、風をはらんだ。
少し吹いたかなと思うと、止まり、しばらくするとまた少し吹いてくる。そんな感じで、いつしか赤道無風帯を越えていた。
ホライズン号は再び、貿易風を捉えるようになってきた。
南半球に入った。憧れの南太平洋だ。
10年前の暑い日。裕太の部屋で眺めた地球儀に載っていた南太平洋。
当時はアイドル歌手の背景に映っていた、美しい南洋の海が、目の前に広がっている。
とうとうここまで来たのだ。
ホライズン号は、西サモアに向かっている。
だが、向かう方向の少しずれた所に、とても小さな島を見つけた。
海図を見ると、名前がスウェィンズアイランドと書いてあった。
スウェィンズ島か…。
僕は翔一に言った。「スウェインズ島に行ってみようと思う。」
調べると、ホライズン号からおそらく近い。僕は迷いなく、スウェインズ島に舳先を向けた。
トニーも航海に慣れてきたようだ。よくしゃべる。
インテリなのだが、ユニークなところもあり、ジョークをよく言う。
トニーのジョークは、とてもユーモアに溢れていている。
アメリカ人のジョークがとても洗練されていることを、トニーは教えてくれる。
舵輪を翔一に任せ、僕は船先で双眼鏡を覗き続けた。
1時間ほど走った。水平線に、何やら平べったい島が見えてきた。
「スウェインズ島だ!」僕は叫んだ。
山などもなく、高い建物もない。海抜数メートルというところだろう。
海から見ると、森が海に浮かんでいるかのようだ。双眼鏡でも、ヤシの木しか見えない。
「上陸しよう。」僕は二人に言った。
スウェインズ島には、何やら神々しい美しさを感じたのだ。
ここで通り過ぎると、きっと後悔するに違いない。それに、僕はあの小さな島に、誘われているような気がしたのだ。
僕はホライズン号を機走で島を一周させた。港らしきものがないか探すためだ。
「ないな。アンカリングしてテンダーで渡ろう。」
「俺は船に残るよ。二人で行ってくればいい。気をつけてな。」翔一の心遣いに感謝した。
スウェインズ島の周囲は、珊瑚礁で囲まれていた。
島の北西部。陸地との距離が最も近そうな珊瑚礁の手前で、アンカリングした。
僕はトニーと二人でテンダーに乗り込み、漕ぎ出した。珊瑚礁の隙間から、島に近づく。
島は、椰子の木に覆われている印象だ。
そして上陸した。島はすごい数のヤシの木に覆われている。ドーナツ型の陸地は、両脇がヤシの木、その間は道の様だ。
だが、整備されている道路とは、とてもじゃないが言えない。
スウェインズ島は、以前はコプラヤシのプランテーション(先進国による植民地政策的農業)が営まれていたらしいことは、僕も事前に知っていた。
数人の住民が、暮らしているはずだ。
だが、最後まで人の姿を確認できなかった。
海図では、島を上空から見るとドーナツ状になっている。ラグーン(礁湖)があるのだ。
「ラグーンを観に行ってみよう!」トニーが言った。「OK!」
僕たちは、椰子の林の中をラグーンに向かって進んだ。途中、毒蛇や毒グモなどに注意しながら。
100mほど進んだ。目の前が開けて、湖が現れた。色が濃い。藍色と言ってもいいだろう。生物はいるのか…。僕たちはしばらく、深い青さに見惚れた。
礁湖は海水ではない。ドーナツ型の形状の外は海。中は湖。不思議な島だ。
当然、山や丘などもない。大きな地震による津波が来れば、一気に飲み込まれてしまうだろう。
僕たちは、砂浜に落ちているヤシの実を数個拾い、ホライズン号に戻った。
遠くから改めてスウェインズ島を眺める。神々しさを感じるともに、地球自然の不思議を感じる。
「眺めると、何だか物悲しいな…。」翔一が呟く。
「さらばスウェインズ島…」
人生の中で、二度と来ることはあるまい。僕は地球上の、小さな島の永遠を祈った。
島で拾ってきたヤシの実を味わう。ナタ状の刃物で大きな傷をつけ、割る。
中には液体が入っている。天然のジュースだ。
「うまい。」ほんのり甘い果汁を飲み干す。少ない量が、もどかしい。
中の果肉をかじった。ココナツミルクと呼ばれる部分だ。
僕は、10年前の夢が誕生した瞬間を思い出していた。ココナツミルクをかじりながら…だ。
南太平洋に行きたいな…。僕の呟きから生まれたこの夢。
呟きを誘ったのは、兄貴の部屋のアイドル歌手のポスターだった。
南の島で撮影したであろう、美しい写真のヤシの実を今、味わっている。
夢のかけら。かけらを、またひとつ埋めることができた。天然のヤシの実を味わうという夢そのものは、小さいかもしれない。
だが、ここまでやって来る過程と、その中で出会った方々との縁…。それはとてつもなく大きいのだ。
もうすぐだ。もうすぐ、南十字星をこの目に焼き付ける瞬間がやって来る。
〜第48話 「神の島と夢のかけら」完 次回「肩車…そして、サザンクロス」
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