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【第47話】赤道無風帯を突っ切れ! 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***


新たな3人でハワイを出港した。目的地はサモアだ。この航路で、南半球を超えることになる。

いよいよこの目に、南十字星を焼き付ける瞬間が訪れるのだ。
僕の高揚感は半端なかった。

10年以来の夢の実現に肉薄している。そういう自分に気付いていたからだ。

サモアには二つの島がある。西サモアと東サモアだ。東サモアは当時も今もアメリカ領である。

違う文化に少しでも触れたい。僕たちはそう言う思いから、進路を西サモアにとった。
それまでに赤道を越えるのだ。

日付変更線というのを聞いたことがあるだろう。
飛行機にしろ、船にしろ、日付変更線を越えるときに、暦上は1日同じ日が増えたり減ったりする。

日常は何も変わらない。だが昨日が今日だったり、今日がまた昨日だったりするのだ。変な感じだ。

古来から船乗りは、赤道を越えるときに単調な航海の変化を愉しむため、催し物をするのが習わしである。
例えば、赤道を越えるときには赤道祭りを行う。

赤道帯は、風が弱く帆船時代は難所中の難所だった。そのため、安全な航海を祈願する儀式として行われていたようである。

現在は、仮装して写真を撮ったりするのが、一般的なようだ。

僕たちもやった。お互いの顔に思うように落書きし、笑い合った。それだけ、航海が無事だったのだ。

ハワイを出てから、ホライズン号は順調に走った。何より風を受ける角度がいい。心地いいくらいの強さで風を受ける。

僕たちはスコールを待った。時々見舞われるスコールは、僕たちにとって恵みである。
汚れた身体を洗い流すチャンスだからだ。

ホライズン号の先に雨雲を確認すると、僕たちは一斉に裸になる。そして、シャンプーを頭にかけ、泡だて、雨雲が上空を通過するのを待つのだ。

運よく直上を通過してくれればいいが、大抵はホライズン号から逸れてしまう。
まれに、ほんの数十メートル横を通過した時の残念感はたまらない。

そんな時は、海水でシャンプーを洗い流すのだが、何とも言えない不快感が果てしなく残るのだ。

さすがに暑さが募ってきた、赤道が近い。

天候はいい。ただひたすら太陽光が眩しい。そんな日が続いた。

ある日の昼下がり。鏡のような海面に浮かぶホライズン号の船縁から、海面を覗き込んだ。

風もなく、ホライズン号は全く進まない。海面はどこまでも透きとおり、海底までも見えそうだ。

信じられない透明度である。美しい。僕はそう思いながら、ずっと海の中を見ていた。

ふと、小さな魚のような集まりが見える。水槽の上から、メダカを見ているような感じと言えば想像がつくだろう。

黒いメダカのような群れは、実に数十匹いるようだ。
そのうちの3匹ほどが、だんだん大きくなっていく。浮かんでくるのだ。

次第に大きくなっていく、その魚影を見つめていた。ゆっくりゆっくり海面に上がって来る。

形が分かった。同時に僕は怯んだ。そして座り込んだ。

「サメだ!」浮かんできたサメは、ざっと3メートルほどはある。

僕の声に、翔一とトニーもキャビンから出てきた。サメはゆっくりとホライズン号の周りを回っている。

青黒い背ビレが不気味だ。

「That’s tiger shark(イタチザメだ)!」インテリのトニーが言った。

イタチザメ。立派な人喰いザメである。ホライズン号に近づき、様子を伺っているのだ。

「ホライズン号の船底は丸くなっている。おそらく、鯨の腹と思ったんじゃないか?」翔一の推測は正しいかもしれない。
「サメの群れの斥候隊が、ホライズン号を鯨の死骸か何かと思って、偵察に来たんだろう。」

餌ではないと分かったのか、3匹のサメは船の周りを悠々と泳いで、深く潜っていった。

しばし暑さを忘れた。やはりサメは怖い。

一度、退屈しのぎにやった遊びがあった。ホライズン号を微風の中走らせる。
船尾からロープを流すのだ。ロープは10mほどの長さだ。

船首から1人が海に飛び込み、ゆっくりと走るホライズン号と並走して泳ぐ。
泳いでいる者は、ホライズン号に追いつかれた瞬間に、船尾のロープを掴み船に上がるのだ。

海に飛び込んだ時の爽快感と、スリルは暑さを忘れさせた。

だが、今回のサメ遭遇事件をきっかけに、その遊びはパッタリと止めてしまった。


そして、この先の航海。船乗りが、気をつけるべきゾーンが存在する。

赤道無風帯である。

赤道の辺りには、帯状に風がほとんど吹かないところがあるのだ。

北半球と、南半球の貿易風がぶつかるところ。

昔の帆船は赤道を通過するとき、赤道無風帯に入り込むと大きな危険にさらされた。
船は何日も動けず、食糧がなくなる。当然野菜等もなくなり、ビタミンC不足になって、壊血病を引き起こしてしまうのだ。
それが原因で、船乗りがバタバタ倒れていったという。

当然だが、ホライズン号も風を利用して進むヨットだ。
全く風がないところでは、ヨットとしては進めない。

赤道無風帯に入ったと判断したら、機走で走り抜けることにしていた。

「どうやら、無風帯に入ったようだ。」僕は翔一に言った。

「一気に行くぞ!」翔一も賛成する。

「Go!」トニーも覚悟を決めた。

ここで、風が吹くのを待つという選択肢はない。ここに留まるということは、死を意味する。

燃料の残量が心配だが、走り抜ける判断に賭けた。

僕は、ホライズン号のエンジンキーを回した。愛艇は鏡のような海面を、滑るように走り出した。

〜第47話「赤道無風帯を突っ切れ!」完  次回「神の島と夢のかけら」

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